「着いたーーー!!!!」
馬車から降りた俺は、うーんと伸びをしながら目の前に広がる大きな街を見上げた。
ダンジョンを抜け、村から歩き、途中の街から馬車に乗って数週間。
やっと帝国の首都――帝都へとたどり着いたのだった。
小高い丘に形成された街並みは、赤レンガの屋根が並んでいた少々牧歌的な王都とは違い、白や灰白色といった石でできた建物が多い。
道路は緻密な装飾が彫られた石畳で舗装されていて、建物もそこらの普通の家の壁でさえ緻密な模様がかたどってあるので、帝都全体がまるで美術品のようだ。
「すごーい……」
「王都と違って、帝都はまた違う雰囲気だろ?」
隣に立ったベルナーが、自信ありげにそう言う。
馬車の中でベルナーが帝都についていろいろと教えてくれたんだけど、多少見くびっていた節はある。
だってこの人、「帝都はこの世界で一番に綺麗で芸術品のような街だ」とか「観光しようにも街全体が観光地みたいなものだ」とか言うんだもん。
でも実際にこの目で見てみると、ベルナーの教えてくれたことがまったく誇張ではないことがわかった。
「ほんと、すごいんだぜ! あそこのダンジョンとは大違いに綺麗だぜ!」
前に抱きかかえたモモも、興奮冷めやらぬ勢いだ。
そりゃダンジョンと比べれば、どこの街も綺麗だろうよ、というツッコミは、首元あたりで押さえておいた。
「さて、まずは帝都の入り口を突破してから、住む場所だのなんだのを見つけないとな」
「え、そんなのがあるの」
もしかして、人によっては帝都に入ることすらできずに追い出されるってこと……?
俺が体をびくりと震わせると、ベルナーは自慢げに懐から何かを取り出した。
「だぁいじょうぶだ、これがありゃ一瞬で通れる」
ギルドの登録証だ。ベルナーのものは、副統括長らしくちょっと豪華なものだ。
俺も懐から登録証を取り出す。
これまでの冒険で少し端のほうが折れてしまったり、汚れてしまっているけれど、まだまだ綺麗なカード。
「……俺、今はじめてベルナーに冒険者にされて感謝したかもしれない」
王都のことを言う必要はないのかもしれないけど、これでも『王族から王国追放命令を食らって帝都にやってきた』という人間だ。
帝国側からしたら、そんな危険人物なんて入れたくないだろう。
ありがとう、ベルナー。
俺を冒険者ギルドに入れてくれて。
本当に大丈夫な手段だったかどうかは怪しいけど、まぁ結果オーライだ。
――と、そこまで考えたところで、俺はふと視線を下にやった。
「モモってさ、このまま入れるの?」
「…………あ」
「あ、ってなんだぜ?」
にこにこしていたベルナーの笑みが、まるで凍ったかのように固まる。
え、まさか犬は入れないとかないよね?
「もしかして、我輩、入れないんだぜ?」
表情から察したのか、俺の心を読んだのか、モモがぶるぶると体を震わせはじめる。
しかし安心させるように、だが額にだらだらと汗をかきながら、ベルナーは「違う違う」と手を横に振った。
「入れることは入れるんだが、ちょっと処置が必要なんだ」
「処置?」
「あー…………まぁ、やってみるのが一番早いんだけどな……」
そう言うと、ベルナーは俺たちを街の正面入り口とは違った場所へと案内した。
少し歩き、あまり人のいない入り口が目の前に見えてくる。
そこに辿り着く直前にベルナーはくるりとこちらを振り向き、誰にも聞こえないような小さな声でモモに囁いた。
「おいモモ。入り口にいるときは、絶っ対にしゃべるなよ。しゃべったら、入れなくなるからな」
「わ、わかったんだぜ……!」
普段は明るくおちゃらけた雰囲気の彼の真剣そうな声音に、震え続けるモモの体が一際大きくびくりと震える。
「え、ベルナー。本当に大丈夫なんだよね……?」
「俺たちはな。モモはモモ次第ってところだ」
そう言うと踵を返し、再び入り口のほうへと進んでいった。
入り口に着くと、そこには『ペット同伴者専用』と書かれていた。
人当たりのよさそうな男性職員さんが手を振って案内してくれたので、そこへ向かう。俺たちが窓口に着くと、職員さんはにこやかに一礼した。
「ようこそ、帝国へ!」
「俺たちどっちも冒険者で、ペットが一匹いるんだが」
「かしこまりました。それでは冒険者証をご提示のうえ、ペットの子の申請書類に記載をお願いいたします」
「わかった。ほらカイン」
「あ、うん。ありがとう」
「わん!」
「はは、元気なワンちゃんですね」
「はは……はは……」
冒険者証を職員さんに渡しつつ、顔を引きつらせながら返事をして、手元の資料に記入を始めた。
ペットの名前に、年齢、出生地、これまでになった病気、などなど。
事細かに並んだ質問事項を目の前にして、俺は首を傾げた。
――名前しか、わからない……
「ねえベルナー」
「……なんだ?」
隣に立つベルナーに囁きながら問いかけると、ベルナーは妙にかしこまった表情をしながらこちらを見下ろす。
その表情にツッコミどころはあれど、とりあえず目の前の疑問を解消するところから始めよう。
「これ、どう書いていいか全然わかんないんだけど」
「…………あー」
「推測くらいはできるんだけど、馬鹿正直に書いたら書いたで、ダメだよね」
年齢はおそらく100歳越え。出生地は山脈にまたがるダンジョンのどこか。
ペット扱いではあれど正確には旧文明の遺物なので、そもそも病気にはかからない。
……なんて、書けるわけないよねぇ……
「貸せ、俺が書く」
すると、ベルナーは俺のペンをひったくると、その申請書類を適当に埋め始めた。
いつの間にか、3歳のそれなりの場所で生まれた元気な子犬の完成である。
「これで頼む」
「かしこまりました! 確認しますので、少々お待ちください」
職員さんが、別の職員さんと書類を確認している間、俺はベルナーを見上げながら眉をひそめた。
「……ねぇ、なんで急にそんな堅苦しくなったの?」
「あとで説明するから、ちょっとの間黙ってな」
しかしベルナーはそれに取り合わず、先ほどから変わらないかしこまった表情で、かすかに首を横に振ると、すぐに視線を職員さんたちに戻した。
書類の確認はすぐに終わり、職員さんは快く冒険者証を俺たちに渡しながら口を開いた。
「いただいた書類のほう問題ございませんでしたので、こちらで帝都に入場できます。モモちゃんは健康確認と疾病予防のために処置させていただくので、3時間後にまたこちらにお越しください」
「…………え」
俺とモモはぽかんと目をみはったが、漏れた声は確実にモモのものだった。
「はい?」
「あっ、とゴホゴホ! すみません! 急に痰がからんだみたいで!!」
大きく咳をすると少し怪訝な顔をされつつ「お大事に」と言われたが、なんとか誤魔化せたみたいだ。
抱きかかえているモモを見下ろすと、こちらはまるで今生の別れのように、目で追いすがってきていた。
口に出してはいないこそ、なんとなく言いたいことはわかる。
置いていかないで、と。
「あの、すみません。処置って具体的には何をやるんですか?」
おそるおそる職員さんに尋ねると、彼はにっこりと笑みを浮かべてから一枚の紙を取り出した。
「基本的にはこの紙に書かれている通り、帝都に病気のもとを持ちこまないように、その病気を持っていないかの確認と、その予防のための注射となります」
注射、という言葉を聞いた瞬間、モモがか細い声で「く~ん」と鳴く。
どうやらそれはどの犬も共通らしいようで、職員さんは眉尻を下げてモモに視線を移した。
「ごめんね~、でも帝国の法律で注射してないワンちゃんにはしないといけないんだよ~」
「そ、そうなんですね……、じゃあモモも頑張らないとな」
職員さんと二人で、ははは、と和やかに笑う。
一度モモがこちらを見て再びか細い声で鳴いたが、その目つきはまるでこちらを裏切り者とでも思わんばかりのものだった。
「それじゃあ、また夕方に来ます」
「はい! お待ちしておりますね」
そうして俺たちはモモを一旦入り口に預けて、帝都の中へ入っていったのだった。
……あとでモモに美味いものでも買おう。
そうして帝都についた俺たちだったが、はじめにやることと言えば宿を探すことだった。
綺麗に舗装された石畳の上を、二人ならんで歩く。
やはり帝国の中心というだけあって、人が多い。ベルナーはすいすいと人を避けて歩くもので、俺はそれについていくので精一杯だった。
「そういやカインは、ここでまた調整屋をやるのか?」
「うーん……」
とっておきの宿屋があるとベルナーに言われそこに向かっている最中、ベルナーにそう問われ、思わず考え込んでしまった。
「なんだよ、帝国はあんまり気に入らなかったか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」
ベルナーの後ろをついていきながら、俺はここに来るまでのことを思い出していた。
そもそも王国にはもう戻ることなんてできないからこの帝国に来たわけだけど、その道中に立ち寄ったダンジョンで運命的な出会いをした。
これまでは自分のできることを必死にやっていて、朝から晩まで調整屋として働くのが良いかな、なんて思っていた。
でも一旦そこから離れてみると、気づきがあった。
「別に、調整屋に固執しなくてもいいのかなって思ってて」
「ほう? つまり、冒険者を極めたいってことか」
「いや、それは違う……けど」
愉しそうに口角をあげてベルナーがこっちを見てくるので、即座にそれは否定しておく。
冒険者を極めたいわけではまったくないが、冒険者として活動したいという気持ちがむくむくと沸き上がっているのだ。
「旧文明の遺物、もっと見たいなって思ってはいる」
「あーなるほどな。恋しちまったわけか、旧文明の遺物に」
「…………」
さも上手いこと言ったみたいに頷くので、とりあえず無視する。
まぁでもベルナーの言ったことは遠からずであり、あの旧文明の遺物を構成する回路を、もっともっとたくさん見たい。
あわよくば調整して、操りたい。
そんな夢が、新たにできた。
とはいえ、一人でダンジョンに行くのは無謀の極致だし、この間行ったダンジョンの奥の奥なんて、普通はたくさんの人とパーティを組んで行くものと聞く。
あのマスターゴーレムを、俺とモモとベルナーの三人で攻略したのが異例なのだ。
「そういえば、ベルナーはこれからどうするの?」
俺が旧文明の遺物を見て回れるかどうかは、ベルナーにかかっている。
おそるおそる、ちょっとだけ答えを聞きたくないような感じはしつつも、そう聞いてみたのだが……
「え? お前についてくに決まってんだろ」
あっけらかんと、そう言われた。
逆にこちらが驚く番だった。
「え? いいの?」
「あたりめえよ。そもそも俺がお前のスキルにべた惚れしてパーティを組んでるんだから、ここで解散する理由がないだろ」
当たり前かのように言うので、驚きのあまり呆然としてしまう。
「でも、副統括長の仕事は?」
「副統括長ってったって、年に1、2回くらいしか大きな仕事はねえんだわ。あとは普通の冒険者と同じだ」
「へぇ……」
まぁ、ベルナーがそう言ってくれるのなら、良いのかな?
それにベルナーなら、我慢できなくなったら俺に武器の調整だけ頼んでから、夜な夜な一人でもダンジョンに行くだろうし。
「じゃあ、これからも、よろしく……?」
「なんで疑問形なんだよ……頼んだぜ、相棒」
人でごった返す通りの真ん中で、がちっと握手を交わす。
……なんだこれ?
「宿屋はこっちだ。あとは……小さくても店を開くんだったら、あとで商業ギルドにも行くか」
「わ、わかった」
そうして俺たちは、大通りから外れてすぐのところにある宿屋に辿り着く。
ひとまず部屋で休んでから、さっそく帝都の商業ギルドへ向かったのだった。
馬車から降りた俺は、うーんと伸びをしながら目の前に広がる大きな街を見上げた。
ダンジョンを抜け、村から歩き、途中の街から馬車に乗って数週間。
やっと帝国の首都――帝都へとたどり着いたのだった。
小高い丘に形成された街並みは、赤レンガの屋根が並んでいた少々牧歌的な王都とは違い、白や灰白色といった石でできた建物が多い。
道路は緻密な装飾が彫られた石畳で舗装されていて、建物もそこらの普通の家の壁でさえ緻密な模様がかたどってあるので、帝都全体がまるで美術品のようだ。
「すごーい……」
「王都と違って、帝都はまた違う雰囲気だろ?」
隣に立ったベルナーが、自信ありげにそう言う。
馬車の中でベルナーが帝都についていろいろと教えてくれたんだけど、多少見くびっていた節はある。
だってこの人、「帝都はこの世界で一番に綺麗で芸術品のような街だ」とか「観光しようにも街全体が観光地みたいなものだ」とか言うんだもん。
でも実際にこの目で見てみると、ベルナーの教えてくれたことがまったく誇張ではないことがわかった。
「ほんと、すごいんだぜ! あそこのダンジョンとは大違いに綺麗だぜ!」
前に抱きかかえたモモも、興奮冷めやらぬ勢いだ。
そりゃダンジョンと比べれば、どこの街も綺麗だろうよ、というツッコミは、首元あたりで押さえておいた。
「さて、まずは帝都の入り口を突破してから、住む場所だのなんだのを見つけないとな」
「え、そんなのがあるの」
もしかして、人によっては帝都に入ることすらできずに追い出されるってこと……?
俺が体をびくりと震わせると、ベルナーは自慢げに懐から何かを取り出した。
「だぁいじょうぶだ、これがありゃ一瞬で通れる」
ギルドの登録証だ。ベルナーのものは、副統括長らしくちょっと豪華なものだ。
俺も懐から登録証を取り出す。
これまでの冒険で少し端のほうが折れてしまったり、汚れてしまっているけれど、まだまだ綺麗なカード。
「……俺、今はじめてベルナーに冒険者にされて感謝したかもしれない」
王都のことを言う必要はないのかもしれないけど、これでも『王族から王国追放命令を食らって帝都にやってきた』という人間だ。
帝国側からしたら、そんな危険人物なんて入れたくないだろう。
ありがとう、ベルナー。
俺を冒険者ギルドに入れてくれて。
本当に大丈夫な手段だったかどうかは怪しいけど、まぁ結果オーライだ。
――と、そこまで考えたところで、俺はふと視線を下にやった。
「モモってさ、このまま入れるの?」
「…………あ」
「あ、ってなんだぜ?」
にこにこしていたベルナーの笑みが、まるで凍ったかのように固まる。
え、まさか犬は入れないとかないよね?
「もしかして、我輩、入れないんだぜ?」
表情から察したのか、俺の心を読んだのか、モモがぶるぶると体を震わせはじめる。
しかし安心させるように、だが額にだらだらと汗をかきながら、ベルナーは「違う違う」と手を横に振った。
「入れることは入れるんだが、ちょっと処置が必要なんだ」
「処置?」
「あー…………まぁ、やってみるのが一番早いんだけどな……」
そう言うと、ベルナーは俺たちを街の正面入り口とは違った場所へと案内した。
少し歩き、あまり人のいない入り口が目の前に見えてくる。
そこに辿り着く直前にベルナーはくるりとこちらを振り向き、誰にも聞こえないような小さな声でモモに囁いた。
「おいモモ。入り口にいるときは、絶っ対にしゃべるなよ。しゃべったら、入れなくなるからな」
「わ、わかったんだぜ……!」
普段は明るくおちゃらけた雰囲気の彼の真剣そうな声音に、震え続けるモモの体が一際大きくびくりと震える。
「え、ベルナー。本当に大丈夫なんだよね……?」
「俺たちはな。モモはモモ次第ってところだ」
そう言うと踵を返し、再び入り口のほうへと進んでいった。
入り口に着くと、そこには『ペット同伴者専用』と書かれていた。
人当たりのよさそうな男性職員さんが手を振って案内してくれたので、そこへ向かう。俺たちが窓口に着くと、職員さんはにこやかに一礼した。
「ようこそ、帝国へ!」
「俺たちどっちも冒険者で、ペットが一匹いるんだが」
「かしこまりました。それでは冒険者証をご提示のうえ、ペットの子の申請書類に記載をお願いいたします」
「わかった。ほらカイン」
「あ、うん。ありがとう」
「わん!」
「はは、元気なワンちゃんですね」
「はは……はは……」
冒険者証を職員さんに渡しつつ、顔を引きつらせながら返事をして、手元の資料に記入を始めた。
ペットの名前に、年齢、出生地、これまでになった病気、などなど。
事細かに並んだ質問事項を目の前にして、俺は首を傾げた。
――名前しか、わからない……
「ねえベルナー」
「……なんだ?」
隣に立つベルナーに囁きながら問いかけると、ベルナーは妙にかしこまった表情をしながらこちらを見下ろす。
その表情にツッコミどころはあれど、とりあえず目の前の疑問を解消するところから始めよう。
「これ、どう書いていいか全然わかんないんだけど」
「…………あー」
「推測くらいはできるんだけど、馬鹿正直に書いたら書いたで、ダメだよね」
年齢はおそらく100歳越え。出生地は山脈にまたがるダンジョンのどこか。
ペット扱いではあれど正確には旧文明の遺物なので、そもそも病気にはかからない。
……なんて、書けるわけないよねぇ……
「貸せ、俺が書く」
すると、ベルナーは俺のペンをひったくると、その申請書類を適当に埋め始めた。
いつの間にか、3歳のそれなりの場所で生まれた元気な子犬の完成である。
「これで頼む」
「かしこまりました! 確認しますので、少々お待ちください」
職員さんが、別の職員さんと書類を確認している間、俺はベルナーを見上げながら眉をひそめた。
「……ねぇ、なんで急にそんな堅苦しくなったの?」
「あとで説明するから、ちょっとの間黙ってな」
しかしベルナーはそれに取り合わず、先ほどから変わらないかしこまった表情で、かすかに首を横に振ると、すぐに視線を職員さんたちに戻した。
書類の確認はすぐに終わり、職員さんは快く冒険者証を俺たちに渡しながら口を開いた。
「いただいた書類のほう問題ございませんでしたので、こちらで帝都に入場できます。モモちゃんは健康確認と疾病予防のために処置させていただくので、3時間後にまたこちらにお越しください」
「…………え」
俺とモモはぽかんと目をみはったが、漏れた声は確実にモモのものだった。
「はい?」
「あっ、とゴホゴホ! すみません! 急に痰がからんだみたいで!!」
大きく咳をすると少し怪訝な顔をされつつ「お大事に」と言われたが、なんとか誤魔化せたみたいだ。
抱きかかえているモモを見下ろすと、こちらはまるで今生の別れのように、目で追いすがってきていた。
口に出してはいないこそ、なんとなく言いたいことはわかる。
置いていかないで、と。
「あの、すみません。処置って具体的には何をやるんですか?」
おそるおそる職員さんに尋ねると、彼はにっこりと笑みを浮かべてから一枚の紙を取り出した。
「基本的にはこの紙に書かれている通り、帝都に病気のもとを持ちこまないように、その病気を持っていないかの確認と、その予防のための注射となります」
注射、という言葉を聞いた瞬間、モモがか細い声で「く~ん」と鳴く。
どうやらそれはどの犬も共通らしいようで、職員さんは眉尻を下げてモモに視線を移した。
「ごめんね~、でも帝国の法律で注射してないワンちゃんにはしないといけないんだよ~」
「そ、そうなんですね……、じゃあモモも頑張らないとな」
職員さんと二人で、ははは、と和やかに笑う。
一度モモがこちらを見て再びか細い声で鳴いたが、その目つきはまるでこちらを裏切り者とでも思わんばかりのものだった。
「それじゃあ、また夕方に来ます」
「はい! お待ちしておりますね」
そうして俺たちはモモを一旦入り口に預けて、帝都の中へ入っていったのだった。
……あとでモモに美味いものでも買おう。
そうして帝都についた俺たちだったが、はじめにやることと言えば宿を探すことだった。
綺麗に舗装された石畳の上を、二人ならんで歩く。
やはり帝国の中心というだけあって、人が多い。ベルナーはすいすいと人を避けて歩くもので、俺はそれについていくので精一杯だった。
「そういやカインは、ここでまた調整屋をやるのか?」
「うーん……」
とっておきの宿屋があるとベルナーに言われそこに向かっている最中、ベルナーにそう問われ、思わず考え込んでしまった。
「なんだよ、帝国はあんまり気に入らなかったか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」
ベルナーの後ろをついていきながら、俺はここに来るまでのことを思い出していた。
そもそも王国にはもう戻ることなんてできないからこの帝国に来たわけだけど、その道中に立ち寄ったダンジョンで運命的な出会いをした。
これまでは自分のできることを必死にやっていて、朝から晩まで調整屋として働くのが良いかな、なんて思っていた。
でも一旦そこから離れてみると、気づきがあった。
「別に、調整屋に固執しなくてもいいのかなって思ってて」
「ほう? つまり、冒険者を極めたいってことか」
「いや、それは違う……けど」
愉しそうに口角をあげてベルナーがこっちを見てくるので、即座にそれは否定しておく。
冒険者を極めたいわけではまったくないが、冒険者として活動したいという気持ちがむくむくと沸き上がっているのだ。
「旧文明の遺物、もっと見たいなって思ってはいる」
「あーなるほどな。恋しちまったわけか、旧文明の遺物に」
「…………」
さも上手いこと言ったみたいに頷くので、とりあえず無視する。
まぁでもベルナーの言ったことは遠からずであり、あの旧文明の遺物を構成する回路を、もっともっとたくさん見たい。
あわよくば調整して、操りたい。
そんな夢が、新たにできた。
とはいえ、一人でダンジョンに行くのは無謀の極致だし、この間行ったダンジョンの奥の奥なんて、普通はたくさんの人とパーティを組んで行くものと聞く。
あのマスターゴーレムを、俺とモモとベルナーの三人で攻略したのが異例なのだ。
「そういえば、ベルナーはこれからどうするの?」
俺が旧文明の遺物を見て回れるかどうかは、ベルナーにかかっている。
おそるおそる、ちょっとだけ答えを聞きたくないような感じはしつつも、そう聞いてみたのだが……
「え? お前についてくに決まってんだろ」
あっけらかんと、そう言われた。
逆にこちらが驚く番だった。
「え? いいの?」
「あたりめえよ。そもそも俺がお前のスキルにべた惚れしてパーティを組んでるんだから、ここで解散する理由がないだろ」
当たり前かのように言うので、驚きのあまり呆然としてしまう。
「でも、副統括長の仕事は?」
「副統括長ってったって、年に1、2回くらいしか大きな仕事はねえんだわ。あとは普通の冒険者と同じだ」
「へぇ……」
まぁ、ベルナーがそう言ってくれるのなら、良いのかな?
それにベルナーなら、我慢できなくなったら俺に武器の調整だけ頼んでから、夜な夜な一人でもダンジョンに行くだろうし。
「じゃあ、これからも、よろしく……?」
「なんで疑問形なんだよ……頼んだぜ、相棒」
人でごった返す通りの真ん中で、がちっと握手を交わす。
……なんだこれ?
「宿屋はこっちだ。あとは……小さくても店を開くんだったら、あとで商業ギルドにも行くか」
「わ、わかった」
そうして俺たちは、大通りから外れてすぐのところにある宿屋に辿り着く。
ひとまず部屋で休んでから、さっそく帝都の商業ギルドへ向かったのだった。

