「掴まれ!」
浮遊感が全身を支配する。
しかしそれと同時にベルナーが俺の腕を掴み、もう片方の手で三又の金具を壁にひっかけはじめた。
俺はモモを離さないようにぎゅっと抱える。
金具は運よく途中の壁のデコボコにひっかかったようで、ひときわ大きな衝撃とともに落下は止まった。
「ふぅ……」
「ありがとう、ベルナー……」
下を見ると、奈落の底とでも形容できそうなほど底が見えない。
それから数分して、ドンと大きな音が聞こえたから、先に落ちていったゴーレムたちが地面に突撃した音なのかもしれない。
そこから算出すると、本当にこの穴はあまりに深い。
「さぁて、困ったな。このままいるには俺の腕が危ねぇ」
俺の腕を掴むベルナーの手が震えはじめる。
たしかに彼の言う通りで、ベルナーはいま一人と一匹の体重を片方の手に、もう片方で壁に引っかかった金具をしっかりと掴みながら俺たちの体重を支えている状況だ。
ちなみにモモは息を荒くしながら舌を出し、体をぶるぶる震わせたまま黙っている。
こうしていると犬みたいだよな。いや、犬だけど。
ベルナーが副統括長じゃなくて普通の冒険者だったら、きっとすぐにでもゴーレムたちと同じ末路を辿っていたことだろう。
そこに少しだけ安心する。
とはいえ時間がない。このまま数時間はさすがにもたない。
「ちょっと待ってね……」
「なんか解決策とかあるんか?」
「いや、まだわかんないけど……もしかしたら」
実は崩落していく床を見ていたとき、少し違和感を覚えていた。
一瞬、部屋全体に魔法陣のような紋様が浮かび上がったのが見えたのだ。
一部の特別な魔法具や、旧文明と呼ばれるほど昔に作られた魔法具には、魔法陣と呼ばれる円形の幾何学模様が描かれているものがある。
これは規模が大きかったり機巧が複雑なものだったりするものに描かれていて、大きくなるほど不安定になる魔法具を安定させる効果や、複雑すぎる魔術回路を所定の方法で使用する補助の役割を持つ。
先ほど見えた魔法陣は、この部屋の床から天井まで隙間なく敷き詰められていた。
つまり、この空間全体が、魔法具ということになる。
「もうちょっとだけ我慢できる?」
「あと2分くらいが限界だぜ」
「それくらいもらえるなら大丈夫。ちょっとこの部屋の回路いじってみる」
ベルナーに確認だけして、少し腕を伸ばして壁に手を当てる。
ぎゅっと目をつぶって魔力を通すと、思った通りで、魔術回路が壁一面にびっしりと埋め込まれているのが見えた。
ここに来る前の床や壁と違って、これなら俺に対処できる。
そうして緻密な回路を壊さないように、ただめちゃくちゃ急いで回路を調整して壁から突き出すように動かすと、俺たちの少し下でめりめりと壁が動き応急的な足場ができた。
二人座れるくらいの空間しかできなかったが、モモは俺が抱き上げているし、大丈夫なはず。
「……限界だっ!」
「ベルナー、もう大丈夫!」
「っ…………はぁーっ!」
ベルナーが金具から手を離す。
再び少しの浮遊感があったが、すぐに足場に着地した。
二人と一匹の体重を一気に受けた足場だったが、意外にも頑丈なようで埃は出れど、ヒビはまったく入らなかった。
「も、もう大丈夫なんだぜ……?」
ずっと俺の腕の中で震えていたモモが、首をぐりんとこちらに向けて、瞳をうるうるさせてこちらを見上げる。
「うん。とりあえずは一旦」
「あー……ひっさしぶりに、ハラハラしたぜ」
「ベルナーもありがとう。助かったよ」
「なんてこたないさ」
得意げに口端を吊り上げるベルナー。
とはいえ、彼がいなかったら俺たちはあのまま自由落下のちぺちゃんこになっていただろうから、今回はこの戦闘ジャンキーにしっかりと感謝しておこう。
…………彼が大量のゴーレムを倒しつづけ、この最奥の部屋に入ってなかったら、こんなことにはなっていない、というのは一旦脇に置いておいて。
「とはいえ、ここからどうすっかね」
「うーん……さっきまでいた上にあがってみる?」
この足場はあくまで応急措置。
ここから上に戻るなり、下のほうへ冒険するなりして、このダンジョンから出ていかないといけない。
「だが、あのボスを倒さねえと、扉は開かねぇ仕様になってるはずだ。俺たちゃ、あれを倒してねえだろ?」
「さすがに、こんな深いところまで落ちたら砕けるなりなんなりしてそうだけど……」
だってさっき、すごい音なったもん。あれで無傷だったらどんな武器が通るのさ。
うーん、と二人して悩んでいると、腕の中のモモが再びこちらを向いた。今度は泣きそうな様子ではなかった。
「兄ちゃん、あんた回路をいじれるんだろ? だとすれば扉が開いてるかわかるかもしれねえし、もしかしたら回路切れば扉開くんじゃねえか?」
「たしかに、ちょっとやってみる」
たしかにこの部屋はどこもかしこも回路が敷き詰められている。
すこし時間はかかるが、その回路を伝ってみれば上階の様子も見られるし、もし扉も魔術回路で制御されていたら、その回路を切れば脱出できるかも――
そう思ってやってみたのだが。
「…………ダメみたい」
十分ほど試行錯誤して額に汗を滲ませた俺は、がっくしと項垂れた。
最奥の部屋の扉は、回路でこれでもかというほと雁字搦めにされていた。
しかも一本回路を切れば二本脇から回路が伸びてきて、さらに強固に扉を開かないようにするとかいう、とんでも設計だった。
誰だこんなの作ったのは!!!!!
そもそもなんで回路が増えるんだよ! どこから湧いてきた!
「となると、下しかねえわけだ」
「だね……って」
気落ちしながらベルナーを見上げると、彼は爛々とした目つきで眼下を覗いていた。
「ベルナー?」
「なんだ、カイン?」
その爛々とした視線が俺を射貫く。
なんなら視線だけじゃなく表情までもがとても嬉しそうだった。頬は緩んでいるし、目は楽しそうにかっぴらいてるし。
「冒険者って、みんなそうなの?」
「そう? なんだそれ」
ただ無自覚なようだ。
そりゃ、今まで踏破したと思っていたダンジョンが未踏破で実はまだまだ続きがあるだなんて、冒険者的には美味しい話だろう。
しかも自分が一番手。冒険者的に、栄誉以外に何があるという話だ。
「んじゃ、降りるとすっか」
「はぁ…………」
まるで新しいおもちゃを見つけたようなキラキラした表情でそう促され、俺は思わずため息をついてしまった。
そうして突如として開いた大穴を下へ下へと下りることになった俺たち。
俺が調整スキルで一つずつ壁に足場を作り、一つ移動したら…を繰り返すこと数時間。
「見えてきた!」
永遠かと思われたその作業をしている最中、壁の色や装飾が変わったかと思うと、ついに床が見え始めた。
荘厳な雰囲気だった上の部屋とは異なり、光沢のある金属質な素材で作られた空間は、上の部屋より一回り大きい。
そしてそこには砕け散った岩々が広がり、中央には黒々とした岩の塊が鎮座していた。
おそらく、あれがマスターゴーレムだろう。
やっぱりボス以外はあの落下は、耐久的に耐えられなかったのだかな。
「おっしゃぁああ! 行くぜぇえええっ!」
「ちょ、ベルナー!? モモ、こいつを押さえて!」
「無茶言うなだぜ!」
壁に手をやり、もう片方の腕にモモを抱えている俺では、この戦闘ジャンキーを止めることはできない。
というか、床が見えてきたとはいえ、まだまだ結構な高さがある。ここから飛び降りたら足の一本は普通に折るだろ。
なんとかモモにベルナーの服の端を嚙んでもらうことで、飛び出そうとするこのアホを引き留めると、彼は明らかに不満そうに口を尖らせた。
「なんだよ、あとは倒すだけじゃんか」
「いや、ここであのボスと戦うのは初めてなんでしょ? 何があるかわからないから、慎重に行くべきでしょうよ」
「大丈夫だ、俺のこれさえあれば」
そう言うと、拳を持ち上げるベルナー。
やはりこいつは、拳を振るって戦うことしか考えられないのか?
とはいえ、上の部屋の壁とは全然ちがう機構なのだから、突っ走るのはやめていただきたい。
俺は壁に手を当ててもう一度調整スキルを使いながら、確信した。
「上の空間と違って、壁に何かが埋め込まれてるんだよ」
「壁に?」
ベルナーが首を傾げ、それと一緒にモモも首を傾げる。
「モモは知らない? この空間のこと」
「俺もここに来るのは初めてだから、知らないぜ!」
「そんなら、もういったんカチこんでみて、機構を発動させてみるっきゃねえんじゃねえか?」
「……もしかして、普段もそんな感じ?」
「おう!」
「…………はぁ」
王都の外でのモンスターが襲来したときは、周りを統率するカリスマに見えなくもなかったのに、ダンジョンになった瞬間こんな残念なやつになってしまうのか……
ギルドの統括長の苦労が目に見える……
「ちなみに、何が埋め込まれてるってのは、わかんのか?」
「え? うーん……」
ギラギラの目でそう問われ、頭を抱える。
なんで言っていいのかわからないし、見たことがない回路の配置なのだ。
おそらく壁に埋め込まれているのは、大人数人分くらいの長さの円筒で、円の直径は人一人分くらい。円筒の中には何個もの球体が入っている。
さらにはその筒には火をつけるような機構が備わっているようだった。
そんな円筒が、部屋をぐるりと一周するような配置で、しかも何段も配置されている。
自信がないままにそう伝えると、ベルナーもモモも、再び一緒に首を傾げた。
「なんだそりゃ」
「わかんないぜ!」
「だよねぇ」
だから、一人で勝手に突っ走るな、と言ったのだ。
火をつけるような機構ということは、最悪爆発しかねない。
戦闘ジャンキーかつ、おそらくこれまでも似たようなことをしてとんでもないことを仕出かしてきた彼も聞いたことがないのだから、慎重になるべき――
そう口にしようとした矢先、ベルナーは足場から飛び降りた。
「はぁっ!?」
「やっぱ、その機構を動かしてみるのが早いだろ!」
自由落下していくベルナーを見て、絶句してしまう。
これまで奴とパーティを組んでいた人たちの苦悩が伺い知れたが、時すでに遅し。
たしかにこれはついてけないわ。
呆然として何も言えないままベルナーを見ていると、彼は床に着く直前に床に対して拳を振るったかと思うと、衝撃波を出して、勢いを緩める。
そうして無事に着地した。
「できただろ?」
サムズアップを向けてくる彼を見ながら、思わず拍手する俺とモモ。
なるほどそんな方法が……って、できるか!
「それじゃあ、俺たちも降りようか」
「わかったぜ! …………ん?」
「どうしたの?」
ベルナーと同じ方法は俺たちには無理なので、再び足場を出そうとすると、モモが耳をひくりと震わせてキョロキョロと辺りを見回し始めた。
「なんか、何かが動く音がするんだぜ!」
「音?」
耳を澄ましてみるも、俺にはそんな音は聞こえない。
聞こえるのは、すでにマスターゴーレムに対してベルナーが拳を打ち付けはじめている音だけだ。
「この足場の下からだぜ!」
「足場の下……?」
モモにそう言われて、落ちないようにして足場の下を覗く。
見た直後は何もなかったが、少しずつ壁が動いたかと思うと、円筒状の機構が壁からゆっくりと姿を現していた。
「これって……魔法砲?」
「いや、たぶんただの大砲だぜ」
「あー、だから火をつける機構が……ってことは」
「ベルナー、いますぐそこから逃げるんだぜ!」
モモが珍しく大きな声を上げる。
ただならない雰囲気を感じ取ったのか、ベルナーはすぐさま丸まっているマスターゴーレムから距離を取った――その瞬間。
ドン、という凄まじい音がしたかと思うと、砲弾が射出され、ベルナーが先ほどまでいた箇所を通り、マスターゴーレムに直撃した。
「あっぶねえ!」
こっちの台詞だ、と叫びたい気持ちを抑えつつ、様子を見守る。
マスターゴーレムは砲弾を浴びて外装が崩れたようで、もろもろと黒い石があたりに散乱していく。
ただしすべてが崩れているわけではなく表層のみが崩れただけのようで、一回り小さくなったかと思うと、より漆黒の体躯のゴーレムが姿を現した。
「これが第二形態ってことかぁ?」
声を漏らしつつ、爛々とした目つきをゴーレムに向けるベルナーをよそに、丸まった状態からのそりと起き上がる漆黒のゴーレム。
――その瞬間、これまでのゴーレムとは比べものにならない凄まじい速度でベルナーに襲い掛かった。
「うぉっと!?」
「ベルナー!」
ベルナーはマスターゴーレムの素早い拳を即座に受け止める。
しかし勢いを受け止めるには力が強すぎたようで、眉間に皺を浮かべるなりすぐ横にいなし、距離をとった。
普段のような軽口は一切たてず、腕をさすりながらマスターゴーレムをじっと見つめるところを見るに、生半可な相手ではないと思ったのだろう。
その間にも、再び壁の別の場所から大砲が出てくる。
――ベルナーが戦いに集中するためにも、あれをどうにかしなきゃ。
「モモ。ベルナーが危なくなりそうになったら、教えてもらってもいい?」
「おう! 任せとけだぜ!」
モモを足場から落ちないようなところに下ろすと、俺は両手で壁に触れて目を瞑る。
そして先ほどよりも多くの魔力を流し、回路の様子をさぐった。
鮮明に見えるようになった回路の数に、少しめまいがするが、ここで止まっていてはいけない。
壁一面に広がる回路と、円筒の大砲を形成する回路。
そして大砲の後ろにある、回路を自動生成するための形作られた回路でできた魔法陣。
それらを認識した瞬間、自分の中にあった緊張感を遥かに凌駕する高揚感が湧き出てきた。
普段の武器では見られないような緻密で精巧な回路。
そして回路で形成された魔法陣は、新たな回路を生み出し、消費した砲弾を生成し続けている。
今の技術では作れないような難解な機巧を目にし、夢中になっていた。
「これが……旧文明の技術……」
これまで調整した武器とは違って、どこを切ったら動かなくなる、どこを繋げたら動くようになる……といった単純なものではない。
理解するのに時間も頭も酷使しそうなそれを前に、口端が上がるのを抑えられなかった。
「最っ高じゃん……!」
意識的にか、無意識か。
両手から送る魔力を勢いづかせるように、倍量を流す。
回路が克明に見えるようになった瞬間、もう笑いが止められなかった。
「モモ!」
「おう! 楽しそうだな」
「うん! 今から大砲の回路いじるから、どうなったか結果だけ教えてくれる?」
「任せろだぜ!」
モモの声の後ろから、ガキンと硬いもの同士が当たる音が断続的に聞こえる。
「いまベルナーってどのあたりにいる?」
「あー……っと、兄ちゃんの体勢で言うところの、左側の後ろだな」
「おーけー」
今まさに動きそうなのは、俺の背中に広がる空間の大体2時くらいに位置する大砲。
そしてその大砲の回路はちょうど向かいの方向に照準を当てている。
ならばまずは、この大砲の向きを移動させて照準を外さないといけない。
「これかな?」
大砲の根本にある回路に着目してみて、回路の対称性をいじってみる。
片方の回路を太く短くしてみると、後方からモモが「左回りに動いたぜ!」と叫ぶ。
それならば、と早く動かすために同じ部位の回路をもっと太くすると、一瞬回路がすべてなくなったかと思ったら、部屋全体を揺るがすような振動とともに凄まじい爆音が鼓膜を震わせた。
「大砲が射出されたぜ! 兄ちゃんの連れは避けたぜ」
「あまりいじりすぎると、自動で防衛機構が働くのかな……」
もしくは一気に太くしすぎたことによって、魔力が回路の耐久性を凌駕して、誤作動で射出されてしまったか。
ただ、これで大砲が射出される方法はわかった。
ならば次の大砲だ。
今度は6時に位置する大砲が動き始める。
これも再び回路をいじり、今度は射出のタイミングを自由に制御することに成功。
10時の大砲をいじったときには、一度目よりも柔軟に大砲の方向を調整することができるようになった。
「おい兄ちゃん、大丈夫か? 汗やばいぜ」
「やばいけど、でもいま最高に楽しいから大丈夫」
モモからの指摘で気づいたけれど、頭はくらくらしてるし、服は汗でびしょびしょだし、ベルナーの戦闘の音も聞こえづらくなっている。
おそらく魔力が欠乏してきているサイン。
元々魔力が多いほうなのに魔力が欠乏するなんて、昔どれだけ武器を一日で調整できるか試したとき以来か。
でもここでやめるわけにはいかないし、こんな最高のものをいじれるのを前に倒れるわけにはいかない。
――倒れてやるものか。
「今、ベルナーとマスターゴーレムって、どんな感じ?」
「さすがにベルナーは疲れてきて色々と遅くなってるが、マスターゴーレムはピンピンって感じだぜ。さすがにナックルダスターじゃ歯が立ってないみたいだぜ」
「おーけー。そしたら、マスターゴーレムが中央に止まった瞬間に合図して。大砲を動かすから」
モモは「わかったぜ!」と言い、それからベルナーに何かを叫ぶ。
その辺りの声はもう聞こえないけれど、ひとまず一つの大砲をいじり、中央に向ける。
その場で少し待っていたところで、「今だぜ!」という合図とともに大砲を射出した。
今度は壁が大きく震えることなく、轟音が空気を震わせる。
「マスターゴーレムに当たったぜ! しかも当たったことで、マスターゴーレムが少しだけ小さくなってるぜ!」
「よっしゃ。じゃあ、この方法で一気にカタを付けよう」
「おうだぜ!」
おそらくベルナーも今の今まで戦闘し続けているから、体力が減ってきているはず。
となると、ちんたらちんたら当てている暇はない。
なんならこっちもちんたらしている余裕はない。普通に今にも倒れそうだし。
魔力をさらに強く壁に流し込むと、ぐらりと大きく頭が揺れる。
しかしそれを気力でなんとかして壁に当てて動かないようにすると、モモの言葉を待ちつつ、すべての大砲を同時に動かし始めた。
思ったよりも難しいが、大砲の調節機巧はすべて同じ仕組みだから、魔力さえ続けば問題なくできる。
「あと10秒ほどで中央に来るぜ!」
遠くのほうでモモの声が聞こえる。
もう返事をする気力もないが、こくりとわずかに頭を動かして返事をする。
「5、4、3――」
カウントダウンが続き……
「今だぜ!」
その言葉と同時に、すべての大砲をぶっ放した。
鼓膜をつんざくような轟音とともに、金属が弾ける甲高い音が耳に届く。
少しして静寂が訪れたのは、耳が轟音で負傷したからだろうか。
しかし耳元で、「マスターゴーレムを倒したぜ!」という興奮していそうな声が聞こえてくるので、無事に倒せたのだろう。
俺は壁から両手を離すと、そのまま後ろに倒れた。
口の中が血の味がするし、頭はガンガンして痛いし、体は倦怠感が支配している。
でも――
「あー……楽しかった……」
高揚感だけは、体から消えなかった。
そしてそのまま、意識を失った。
浮遊感が全身を支配する。
しかしそれと同時にベルナーが俺の腕を掴み、もう片方の手で三又の金具を壁にひっかけはじめた。
俺はモモを離さないようにぎゅっと抱える。
金具は運よく途中の壁のデコボコにひっかかったようで、ひときわ大きな衝撃とともに落下は止まった。
「ふぅ……」
「ありがとう、ベルナー……」
下を見ると、奈落の底とでも形容できそうなほど底が見えない。
それから数分して、ドンと大きな音が聞こえたから、先に落ちていったゴーレムたちが地面に突撃した音なのかもしれない。
そこから算出すると、本当にこの穴はあまりに深い。
「さぁて、困ったな。このままいるには俺の腕が危ねぇ」
俺の腕を掴むベルナーの手が震えはじめる。
たしかに彼の言う通りで、ベルナーはいま一人と一匹の体重を片方の手に、もう片方で壁に引っかかった金具をしっかりと掴みながら俺たちの体重を支えている状況だ。
ちなみにモモは息を荒くしながら舌を出し、体をぶるぶる震わせたまま黙っている。
こうしていると犬みたいだよな。いや、犬だけど。
ベルナーが副統括長じゃなくて普通の冒険者だったら、きっとすぐにでもゴーレムたちと同じ末路を辿っていたことだろう。
そこに少しだけ安心する。
とはいえ時間がない。このまま数時間はさすがにもたない。
「ちょっと待ってね……」
「なんか解決策とかあるんか?」
「いや、まだわかんないけど……もしかしたら」
実は崩落していく床を見ていたとき、少し違和感を覚えていた。
一瞬、部屋全体に魔法陣のような紋様が浮かび上がったのが見えたのだ。
一部の特別な魔法具や、旧文明と呼ばれるほど昔に作られた魔法具には、魔法陣と呼ばれる円形の幾何学模様が描かれているものがある。
これは規模が大きかったり機巧が複雑なものだったりするものに描かれていて、大きくなるほど不安定になる魔法具を安定させる効果や、複雑すぎる魔術回路を所定の方法で使用する補助の役割を持つ。
先ほど見えた魔法陣は、この部屋の床から天井まで隙間なく敷き詰められていた。
つまり、この空間全体が、魔法具ということになる。
「もうちょっとだけ我慢できる?」
「あと2分くらいが限界だぜ」
「それくらいもらえるなら大丈夫。ちょっとこの部屋の回路いじってみる」
ベルナーに確認だけして、少し腕を伸ばして壁に手を当てる。
ぎゅっと目をつぶって魔力を通すと、思った通りで、魔術回路が壁一面にびっしりと埋め込まれているのが見えた。
ここに来る前の床や壁と違って、これなら俺に対処できる。
そうして緻密な回路を壊さないように、ただめちゃくちゃ急いで回路を調整して壁から突き出すように動かすと、俺たちの少し下でめりめりと壁が動き応急的な足場ができた。
二人座れるくらいの空間しかできなかったが、モモは俺が抱き上げているし、大丈夫なはず。
「……限界だっ!」
「ベルナー、もう大丈夫!」
「っ…………はぁーっ!」
ベルナーが金具から手を離す。
再び少しの浮遊感があったが、すぐに足場に着地した。
二人と一匹の体重を一気に受けた足場だったが、意外にも頑丈なようで埃は出れど、ヒビはまったく入らなかった。
「も、もう大丈夫なんだぜ……?」
ずっと俺の腕の中で震えていたモモが、首をぐりんとこちらに向けて、瞳をうるうるさせてこちらを見上げる。
「うん。とりあえずは一旦」
「あー……ひっさしぶりに、ハラハラしたぜ」
「ベルナーもありがとう。助かったよ」
「なんてこたないさ」
得意げに口端を吊り上げるベルナー。
とはいえ、彼がいなかったら俺たちはあのまま自由落下のちぺちゃんこになっていただろうから、今回はこの戦闘ジャンキーにしっかりと感謝しておこう。
…………彼が大量のゴーレムを倒しつづけ、この最奥の部屋に入ってなかったら、こんなことにはなっていない、というのは一旦脇に置いておいて。
「とはいえ、ここからどうすっかね」
「うーん……さっきまでいた上にあがってみる?」
この足場はあくまで応急措置。
ここから上に戻るなり、下のほうへ冒険するなりして、このダンジョンから出ていかないといけない。
「だが、あのボスを倒さねえと、扉は開かねぇ仕様になってるはずだ。俺たちゃ、あれを倒してねえだろ?」
「さすがに、こんな深いところまで落ちたら砕けるなりなんなりしてそうだけど……」
だってさっき、すごい音なったもん。あれで無傷だったらどんな武器が通るのさ。
うーん、と二人して悩んでいると、腕の中のモモが再びこちらを向いた。今度は泣きそうな様子ではなかった。
「兄ちゃん、あんた回路をいじれるんだろ? だとすれば扉が開いてるかわかるかもしれねえし、もしかしたら回路切れば扉開くんじゃねえか?」
「たしかに、ちょっとやってみる」
たしかにこの部屋はどこもかしこも回路が敷き詰められている。
すこし時間はかかるが、その回路を伝ってみれば上階の様子も見られるし、もし扉も魔術回路で制御されていたら、その回路を切れば脱出できるかも――
そう思ってやってみたのだが。
「…………ダメみたい」
十分ほど試行錯誤して額に汗を滲ませた俺は、がっくしと項垂れた。
最奥の部屋の扉は、回路でこれでもかというほと雁字搦めにされていた。
しかも一本回路を切れば二本脇から回路が伸びてきて、さらに強固に扉を開かないようにするとかいう、とんでも設計だった。
誰だこんなの作ったのは!!!!!
そもそもなんで回路が増えるんだよ! どこから湧いてきた!
「となると、下しかねえわけだ」
「だね……って」
気落ちしながらベルナーを見上げると、彼は爛々とした目つきで眼下を覗いていた。
「ベルナー?」
「なんだ、カイン?」
その爛々とした視線が俺を射貫く。
なんなら視線だけじゃなく表情までもがとても嬉しそうだった。頬は緩んでいるし、目は楽しそうにかっぴらいてるし。
「冒険者って、みんなそうなの?」
「そう? なんだそれ」
ただ無自覚なようだ。
そりゃ、今まで踏破したと思っていたダンジョンが未踏破で実はまだまだ続きがあるだなんて、冒険者的には美味しい話だろう。
しかも自分が一番手。冒険者的に、栄誉以外に何があるという話だ。
「んじゃ、降りるとすっか」
「はぁ…………」
まるで新しいおもちゃを見つけたようなキラキラした表情でそう促され、俺は思わずため息をついてしまった。
そうして突如として開いた大穴を下へ下へと下りることになった俺たち。
俺が調整スキルで一つずつ壁に足場を作り、一つ移動したら…を繰り返すこと数時間。
「見えてきた!」
永遠かと思われたその作業をしている最中、壁の色や装飾が変わったかと思うと、ついに床が見え始めた。
荘厳な雰囲気だった上の部屋とは異なり、光沢のある金属質な素材で作られた空間は、上の部屋より一回り大きい。
そしてそこには砕け散った岩々が広がり、中央には黒々とした岩の塊が鎮座していた。
おそらく、あれがマスターゴーレムだろう。
やっぱりボス以外はあの落下は、耐久的に耐えられなかったのだかな。
「おっしゃぁああ! 行くぜぇえええっ!」
「ちょ、ベルナー!? モモ、こいつを押さえて!」
「無茶言うなだぜ!」
壁に手をやり、もう片方の腕にモモを抱えている俺では、この戦闘ジャンキーを止めることはできない。
というか、床が見えてきたとはいえ、まだまだ結構な高さがある。ここから飛び降りたら足の一本は普通に折るだろ。
なんとかモモにベルナーの服の端を嚙んでもらうことで、飛び出そうとするこのアホを引き留めると、彼は明らかに不満そうに口を尖らせた。
「なんだよ、あとは倒すだけじゃんか」
「いや、ここであのボスと戦うのは初めてなんでしょ? 何があるかわからないから、慎重に行くべきでしょうよ」
「大丈夫だ、俺のこれさえあれば」
そう言うと、拳を持ち上げるベルナー。
やはりこいつは、拳を振るって戦うことしか考えられないのか?
とはいえ、上の部屋の壁とは全然ちがう機構なのだから、突っ走るのはやめていただきたい。
俺は壁に手を当ててもう一度調整スキルを使いながら、確信した。
「上の空間と違って、壁に何かが埋め込まれてるんだよ」
「壁に?」
ベルナーが首を傾げ、それと一緒にモモも首を傾げる。
「モモは知らない? この空間のこと」
「俺もここに来るのは初めてだから、知らないぜ!」
「そんなら、もういったんカチこんでみて、機構を発動させてみるっきゃねえんじゃねえか?」
「……もしかして、普段もそんな感じ?」
「おう!」
「…………はぁ」
王都の外でのモンスターが襲来したときは、周りを統率するカリスマに見えなくもなかったのに、ダンジョンになった瞬間こんな残念なやつになってしまうのか……
ギルドの統括長の苦労が目に見える……
「ちなみに、何が埋め込まれてるってのは、わかんのか?」
「え? うーん……」
ギラギラの目でそう問われ、頭を抱える。
なんで言っていいのかわからないし、見たことがない回路の配置なのだ。
おそらく壁に埋め込まれているのは、大人数人分くらいの長さの円筒で、円の直径は人一人分くらい。円筒の中には何個もの球体が入っている。
さらにはその筒には火をつけるような機構が備わっているようだった。
そんな円筒が、部屋をぐるりと一周するような配置で、しかも何段も配置されている。
自信がないままにそう伝えると、ベルナーもモモも、再び一緒に首を傾げた。
「なんだそりゃ」
「わかんないぜ!」
「だよねぇ」
だから、一人で勝手に突っ走るな、と言ったのだ。
火をつけるような機構ということは、最悪爆発しかねない。
戦闘ジャンキーかつ、おそらくこれまでも似たようなことをしてとんでもないことを仕出かしてきた彼も聞いたことがないのだから、慎重になるべき――
そう口にしようとした矢先、ベルナーは足場から飛び降りた。
「はぁっ!?」
「やっぱ、その機構を動かしてみるのが早いだろ!」
自由落下していくベルナーを見て、絶句してしまう。
これまで奴とパーティを組んでいた人たちの苦悩が伺い知れたが、時すでに遅し。
たしかにこれはついてけないわ。
呆然として何も言えないままベルナーを見ていると、彼は床に着く直前に床に対して拳を振るったかと思うと、衝撃波を出して、勢いを緩める。
そうして無事に着地した。
「できただろ?」
サムズアップを向けてくる彼を見ながら、思わず拍手する俺とモモ。
なるほどそんな方法が……って、できるか!
「それじゃあ、俺たちも降りようか」
「わかったぜ! …………ん?」
「どうしたの?」
ベルナーと同じ方法は俺たちには無理なので、再び足場を出そうとすると、モモが耳をひくりと震わせてキョロキョロと辺りを見回し始めた。
「なんか、何かが動く音がするんだぜ!」
「音?」
耳を澄ましてみるも、俺にはそんな音は聞こえない。
聞こえるのは、すでにマスターゴーレムに対してベルナーが拳を打ち付けはじめている音だけだ。
「この足場の下からだぜ!」
「足場の下……?」
モモにそう言われて、落ちないようにして足場の下を覗く。
見た直後は何もなかったが、少しずつ壁が動いたかと思うと、円筒状の機構が壁からゆっくりと姿を現していた。
「これって……魔法砲?」
「いや、たぶんただの大砲だぜ」
「あー、だから火をつける機構が……ってことは」
「ベルナー、いますぐそこから逃げるんだぜ!」
モモが珍しく大きな声を上げる。
ただならない雰囲気を感じ取ったのか、ベルナーはすぐさま丸まっているマスターゴーレムから距離を取った――その瞬間。
ドン、という凄まじい音がしたかと思うと、砲弾が射出され、ベルナーが先ほどまでいた箇所を通り、マスターゴーレムに直撃した。
「あっぶねえ!」
こっちの台詞だ、と叫びたい気持ちを抑えつつ、様子を見守る。
マスターゴーレムは砲弾を浴びて外装が崩れたようで、もろもろと黒い石があたりに散乱していく。
ただしすべてが崩れているわけではなく表層のみが崩れただけのようで、一回り小さくなったかと思うと、より漆黒の体躯のゴーレムが姿を現した。
「これが第二形態ってことかぁ?」
声を漏らしつつ、爛々とした目つきをゴーレムに向けるベルナーをよそに、丸まった状態からのそりと起き上がる漆黒のゴーレム。
――その瞬間、これまでのゴーレムとは比べものにならない凄まじい速度でベルナーに襲い掛かった。
「うぉっと!?」
「ベルナー!」
ベルナーはマスターゴーレムの素早い拳を即座に受け止める。
しかし勢いを受け止めるには力が強すぎたようで、眉間に皺を浮かべるなりすぐ横にいなし、距離をとった。
普段のような軽口は一切たてず、腕をさすりながらマスターゴーレムをじっと見つめるところを見るに、生半可な相手ではないと思ったのだろう。
その間にも、再び壁の別の場所から大砲が出てくる。
――ベルナーが戦いに集中するためにも、あれをどうにかしなきゃ。
「モモ。ベルナーが危なくなりそうになったら、教えてもらってもいい?」
「おう! 任せとけだぜ!」
モモを足場から落ちないようなところに下ろすと、俺は両手で壁に触れて目を瞑る。
そして先ほどよりも多くの魔力を流し、回路の様子をさぐった。
鮮明に見えるようになった回路の数に、少しめまいがするが、ここで止まっていてはいけない。
壁一面に広がる回路と、円筒の大砲を形成する回路。
そして大砲の後ろにある、回路を自動生成するための形作られた回路でできた魔法陣。
それらを認識した瞬間、自分の中にあった緊張感を遥かに凌駕する高揚感が湧き出てきた。
普段の武器では見られないような緻密で精巧な回路。
そして回路で形成された魔法陣は、新たな回路を生み出し、消費した砲弾を生成し続けている。
今の技術では作れないような難解な機巧を目にし、夢中になっていた。
「これが……旧文明の技術……」
これまで調整した武器とは違って、どこを切ったら動かなくなる、どこを繋げたら動くようになる……といった単純なものではない。
理解するのに時間も頭も酷使しそうなそれを前に、口端が上がるのを抑えられなかった。
「最っ高じゃん……!」
意識的にか、無意識か。
両手から送る魔力を勢いづかせるように、倍量を流す。
回路が克明に見えるようになった瞬間、もう笑いが止められなかった。
「モモ!」
「おう! 楽しそうだな」
「うん! 今から大砲の回路いじるから、どうなったか結果だけ教えてくれる?」
「任せろだぜ!」
モモの声の後ろから、ガキンと硬いもの同士が当たる音が断続的に聞こえる。
「いまベルナーってどのあたりにいる?」
「あー……っと、兄ちゃんの体勢で言うところの、左側の後ろだな」
「おーけー」
今まさに動きそうなのは、俺の背中に広がる空間の大体2時くらいに位置する大砲。
そしてその大砲の回路はちょうど向かいの方向に照準を当てている。
ならばまずは、この大砲の向きを移動させて照準を外さないといけない。
「これかな?」
大砲の根本にある回路に着目してみて、回路の対称性をいじってみる。
片方の回路を太く短くしてみると、後方からモモが「左回りに動いたぜ!」と叫ぶ。
それならば、と早く動かすために同じ部位の回路をもっと太くすると、一瞬回路がすべてなくなったかと思ったら、部屋全体を揺るがすような振動とともに凄まじい爆音が鼓膜を震わせた。
「大砲が射出されたぜ! 兄ちゃんの連れは避けたぜ」
「あまりいじりすぎると、自動で防衛機構が働くのかな……」
もしくは一気に太くしすぎたことによって、魔力が回路の耐久性を凌駕して、誤作動で射出されてしまったか。
ただ、これで大砲が射出される方法はわかった。
ならば次の大砲だ。
今度は6時に位置する大砲が動き始める。
これも再び回路をいじり、今度は射出のタイミングを自由に制御することに成功。
10時の大砲をいじったときには、一度目よりも柔軟に大砲の方向を調整することができるようになった。
「おい兄ちゃん、大丈夫か? 汗やばいぜ」
「やばいけど、でもいま最高に楽しいから大丈夫」
モモからの指摘で気づいたけれど、頭はくらくらしてるし、服は汗でびしょびしょだし、ベルナーの戦闘の音も聞こえづらくなっている。
おそらく魔力が欠乏してきているサイン。
元々魔力が多いほうなのに魔力が欠乏するなんて、昔どれだけ武器を一日で調整できるか試したとき以来か。
でもここでやめるわけにはいかないし、こんな最高のものをいじれるのを前に倒れるわけにはいかない。
――倒れてやるものか。
「今、ベルナーとマスターゴーレムって、どんな感じ?」
「さすがにベルナーは疲れてきて色々と遅くなってるが、マスターゴーレムはピンピンって感じだぜ。さすがにナックルダスターじゃ歯が立ってないみたいだぜ」
「おーけー。そしたら、マスターゴーレムが中央に止まった瞬間に合図して。大砲を動かすから」
モモは「わかったぜ!」と言い、それからベルナーに何かを叫ぶ。
その辺りの声はもう聞こえないけれど、ひとまず一つの大砲をいじり、中央に向ける。
その場で少し待っていたところで、「今だぜ!」という合図とともに大砲を射出した。
今度は壁が大きく震えることなく、轟音が空気を震わせる。
「マスターゴーレムに当たったぜ! しかも当たったことで、マスターゴーレムが少しだけ小さくなってるぜ!」
「よっしゃ。じゃあ、この方法で一気にカタを付けよう」
「おうだぜ!」
おそらくベルナーも今の今まで戦闘し続けているから、体力が減ってきているはず。
となると、ちんたらちんたら当てている暇はない。
なんならこっちもちんたらしている余裕はない。普通に今にも倒れそうだし。
魔力をさらに強く壁に流し込むと、ぐらりと大きく頭が揺れる。
しかしそれを気力でなんとかして壁に当てて動かないようにすると、モモの言葉を待ちつつ、すべての大砲を同時に動かし始めた。
思ったよりも難しいが、大砲の調節機巧はすべて同じ仕組みだから、魔力さえ続けば問題なくできる。
「あと10秒ほどで中央に来るぜ!」
遠くのほうでモモの声が聞こえる。
もう返事をする気力もないが、こくりとわずかに頭を動かして返事をする。
「5、4、3――」
カウントダウンが続き……
「今だぜ!」
その言葉と同時に、すべての大砲をぶっ放した。
鼓膜をつんざくような轟音とともに、金属が弾ける甲高い音が耳に届く。
少しして静寂が訪れたのは、耳が轟音で負傷したからだろうか。
しかし耳元で、「マスターゴーレムを倒したぜ!」という興奮していそうな声が聞こえてくるので、無事に倒せたのだろう。
俺は壁から両手を離すと、そのまま後ろに倒れた。
口の中が血の味がするし、頭はガンガンして痛いし、体は倦怠感が支配している。
でも――
「あー……楽しかった……」
高揚感だけは、体から消えなかった。
そしてそのまま、意識を失った。

