「またお越しくださいませ~!」

 あれから1週間後のお昼時。
 ダンジョンから帰ってきた翌日と翌々日こそ休養したものの、それ以降はいつも通り帝都のお店で調整屋を開店し、お客さんをさばいていた。
 ありがたいことに、帝都に移動しても昔のお客さんが変わらず来てくれたことと、価格を改定できたおかげで、王都にいたときよりも余裕のある生活ができていた。

 うーん、と伸びをして時間を確認する。
 すると、視界の端に手を振る男の姿が入った。

「おーい、カイン!」
「あ、ベルナー。ちょうどお店閉めるところだったから、ちょっと待ってて」
「おう。早く来ただけだから、急がなくていいぜ」

 看板を閉店のほうにした俺は、とりあえずベルナーを店の中に入れて座らせつつ、店じまいをし始めた。
 今日はアンのところに行って、ダンジョンのことから第三王子のこと、はたまたアンのことについて説明を受ける日だったのだ。

 第三王子をどこかに瞬間移動させたあと、俺は魔力不足で意識こそあれど満身創痍、他の人たちも休養が必要だと判断されて、その場はお開きとなったのだ。
 他の人たちは翌日には仕事に復帰してたみたい。俺は全身の筋肉痛やら倦怠感やらで、回復に2日かかったわけだけども。
 とりあえずさっさと戸締まりをしてアンのところに行こう。

「モモ、行くよ!」
「おう、待ってたんだぜ!」

 声をかけると、モモもぴょんと俺の胸元に飛び込んできたので、タイミングよくキャッチして抱き上げる。
 ベルナーにも声をかけて、俺たち3人はアンのところへ向かったのだった。

 ◆   ◇   ◆

「とりあえず、あの第三王子くんは無事に見つかったみたいだよ。ずいぶん遠くまで飛ばされてたみたいだね」

 アンに案内されて統括長応接室に入り、ソファに座ってお茶を一口飲むと、対面に座った彼女はそう話し出した。

「はるか東の国にある、さびれたダンジョンに瞬間移動したそうだ。回収するのに金がかかると、あの子の父親が言っていたよ」
「はは……それは……」

 あの子の父親って、それはつまり王国の国王なのでは……
 苦笑して続きが告げられない俺を前に、アンはため息をついた。

「それにしても、あんなところに旧文明の遺物があるとはね。君がいなかったらわからなかったよ」
「いや、でもそれはダンジョンの女の子のおかげなんで……」

 書類をぺらりとめくりながら話すアンに、少しだけ申し訳ない気持ちになる。
 自ら探して発見したうえでのお手柄ならともかく、あの女の子――ダンジョンの主に知識をもらっただけなのだ。
 それで褒められるのは、少し違うような気がしていた。
 しかしアンは眼鏡を取ると、書類をテーブルに置いて口角を上げた。

「だが、そのダンジョンの主に気に入られたのは、君のおかげだろ? なら君の手柄にするといい。手柄なんて、あって損はないさ。なぁ? ベルナー」
「そうだな。おかげで俺も、死んだふりして副統括長なんてやってるんだから」
「あ、そういえばそれ、聞きたかったんだ」

 戦闘狂たるベルナーが急に明かした出自の秘密。
 聞きたくはあったんだけど、もしかしたら当の本人は言いたくない過去かもしれないし、そもそもこの数日ベルナーも忙しくて調整屋に帰ってこなかったから、聞く機会がなかったんだよね。
 俺は、冒険者にしては優雅な所作でお茶を飲むベルナーに視線を向ける。
 しかし彼はいたずらめいた笑みを浮かべ、静かにテーブルに置いた。

「良い男ってのは、過去をあまり語らないものなのさ」
「なにそれ……」
「聞いてやるなカイン。王子が冒険者になるまでに常識知らずなことをたくさんしでかしたり、知識がないあまりに詐欺られたりと、恥ずかしいことがいっぱいあるのさ」
「言うなよ! もうバラしてるようなもんじゃねえか……」

 ふん、と腕組みをして不貞腐れはじめるベルナー。
 対してアンはいたずらっこのようにニヤニヤしている。十中八九、何かアンにしか知りえないものがあるのだろう。
 まぁ、いずれ知るときがあるだろうから、ここで聞かなくてもいいか。

「それで、カインの処遇はどうなったんだ?」

 少し語気荒く、ベルナーが話題を大きく変えようとする。
 なんだかそれが子供っぽくて、アンと目を合わせるなり笑ってしまい、彼に「笑うな!」と怒られてしまった。
 とはいえ、実は俺も聞きたかったのだ。
 他国の王子をはるか遠い国に瞬間移動させた罪とか、やっぱりマズいよね……
 と思っていたが、思いのほかアンはけろりとのたまった。

「あぁ、それに対しては、お咎めなしだ」

 ホッと息をつく。
 これが原因で指名手配されたり、王国に戻って裁判とか受けなきゃ、とかだったら、嫌だったもん。

「向こうの王は、息子が申し訳なかった、と言ってきたよ」

 ほら、と言ってアンは高級そうな封筒に入った手紙をよこしてきた。
 手触りからしてもう質が違う。しかも封蝋にも王家の印がついてるし。

「ついでに、あの第三王子が君に下した営業停止命令と王国追放令も、遡ったうえで取り下げにしてくれたみたいだ」
「本当ですか!」

 王国の国王様は、あの第三王子と違って良い人だったみたいだ。
 別に王国に帰りたいわけではないけれど、王国を追放された人、ってだけで信用ゼロだから、なくなったのは助かった。
 もう一度安堵の息をつく。
 するとベルナーがなぜか真剣な表情になって、おもむろに口を開いた。

「カイン、お前はどうするんだ?」
「へ? どうするって?」
「王国に戻るかどうかだよ」
「……そうだな。その答えによっては、いろいろとこっちも準備をしないといけなくてね」

 アンもなぜか真剣な表情になるものだから、俺は無意識に居ずまいを正してしまう。
 王国に戻れるようになったら、何をしようか。、俺も考えたことがないわけではない。
 昔の俺だったら、店に戻ろうかな、なんて言っていたけれど、今の俺は違う。
 俺は二人に視線をやり、安心させるように頷いた。

「出張はするかもしれないけど、本拠地は変わらず、帝都のお店にするつもりだよ」

 その瞬間、アンが立ち上がりガッツポーズを決め、ベルナーがテーブルに顔を突っ伏して嘆き始めた。
 ……な、なんだなんだ!?

「ふふん。あとであの人気店のケーキ、頼んだよ」
「くっそ……」

 さてはこいつら、俺の去就で賭けてやがったな?
 じとりとした目つきで二人を見据えるが、アンはにこにこと楽しそうに、ベルナーは悔しそうにしたままだった。

 そんな楽しそうなアンが、黙ったまま俺に一枚の封筒を寄越した。
 先ほどの王国の王様からの手紙と同じく、上質そうな紙と、押してあるのは王国の封蝋。
 ただ今回は王国のものではなく、帝国のものだ。

「父上からの手紙だ。君が王国ではなくこちらを選ぶと決めたら渡してほしい、と言われていてね」
「は、はぁ……」

 アンの父上。
 つまり、この帝国の国王だ。
 ……え? なんか俺やらかした?
 そう思って中身を読むと、おおまかに言うと「ぜひ我が国にいたことを選んでくれて、恩に着る」ということだった。
 もう少し何か書かれていると思っていたから、少し拍子抜けする。
 すると、それが顔に出ていたのだろう、アンはふふ、と笑った。

「そう取って食いはしないさ、父上は。ただ、旧文明の遺物の知識を持った貴重な人間を、外に放出したくないだけさ」
「あのジジィは性格悪ぃから、もしカインが離れることを選んでも、力づくで囲い込んだだろうけどな」
「ま、それくらいの力と権力があることは否定しないが」

 国王をジジィ呼びとか、それは不敬に値しないだろうか。
 というか二人して何気に怖いことを言った? もしかしてここが命の分岐点だったりした?
 怯えたように二人に視線をやったが、二人とも生温かい目でこちらを見返すばかりだったので、もしかしたら言う通りなのかもしれない。

「とはいえそのジジィのおかげで、これからの遺物探索に帝国のお墨付きがついたんだ。感謝はしねえとな」
「え、そうなの!?」
「ああ」
 瞠目していると、アンは嬉しそうに頷いた。
「遺物によっていろいろな販路やら何やらが開拓できそうだからと、陰から支援してくれるようだよ。とはいっても、公共事業みたいに表立っては難しいようだが」
「でも……お墨付きをいただけるだけで、嬉しいです」

 何せ、この旅、趣味と実益ともにあるとはいえ、趣味のほうが割合が高い。
 楽しさのあまり忘れていたけど、一応遺物の調査っていう名目があるからな……

「君が作ってくれたレポートも、楽しく読んでいたみたいだよ。こんなにわくわくした気持ちが伝わる感想文は初めてだとね」
「あ、ありがとう、ございます……?」

 レポートじゃなくて感想文扱いされているのは腑に落ちない。
 けどまぁ、満身創痍から回復したときに作ったあのレポートで大丈夫なら、今後もやっていけそうだ。
 それから少しの間、アンの父親――つまり国王からもらった遺物への質問について答えたり、ダンジョンについての質問に答えたりして時間を過ごした。
 国王はあまり自由に外に出られないから、アンが代わりに聞いているんだとか。
 話が一段落したあたりで、ふと気になったことが沸き上がった。

「そういえば、この間のダンジョンってどうなったんですか?」
「あぁ、あれか」

 あの少女ことダンジョンの主はいろいろと知識を授けたり助けたりしてくれたものの、ダンジョンの主を倒さないことには、ダンジョンの完全制覇となりえず、モンスターの発生を止めることはできない。

「それについては、安心してほしい。あのダンジョンは、すでに機能を停止したよ」

 望ましい答えが返ってきて、ホッとする。
 と同時に、あのダンジョンの主はあのまま消えてしまったのか、と少しだけ悲しい気持ちにもなった。

「君たちが見つけてくれた遺物を調査したんだが、スライムの酸が致命傷だったみたいだ。きっと、最後の力を振り絞って、君たちを助けたんだろうね」
「そう、ですか……」
「たぶんだが、自分の死期を悟って、カインに遺物の知識とやらを渡したんだろう。そのまま消えるのを選ぶよりな」

 あくまで推測だがな、と言ってベルナーは言葉を切った。
 これまではダンジョンの真のボスを倒すことだけが、ダンジョンを完全制覇する方法だと思っていたが、意外とそうでもないらしい。
 それに、もしかしたらダンジョンの真のボスとは、意思疎通ができる場合もあるのかもしれない。
 そう思うと――俄然、やる気が湧いてきた。

「つまり、やはり旧文明の遺物が意志は持つってことですよね? そしてこちらにコンタクトをとるのも可能、っていうことですよね!」
「おっと? 思っていた反応と違うな」
「こいつはこういうやつだ。遺物が好きすぎるんだよ」

 なんだか二人の温かい目が、急に生ぬるくなったような気がするけど、気にしない。

「だって、遺物と会話ですよ! アンさん、自分の義足と喋れるようになったら、最高じゃないですか!?」
「……もう、ダンジョンのボスを遺物としか見ていないようだね……」
「無機物のはずなのに意志を持つなんて、世紀の大発見です! これは絶対に、これからも研究したいです!」

 モモを見ていて薄々その可能性はあるのでは、とは思っていた。
 ただ、モモはおそらくダンジョンが生み出したモンスターという位置付けだ。
 旧文明の遺物でありながらも、普通の遺物とは少しだけ異なる。
 だが今回のことは、ただの遺物が意志を持ってこちらに話しかけてきた、ということ。
 なんて、ロマンのある話じゃないか!!

「……ま、嫌がるよりは良かったんじゃねえか?」
「そうだね」

 俺が熱弁を振るっているにもかかわらず、二人は肩をすくめて見つめ合う。

「ちょっと二人とも――」
「そんなカインくんに、俺たちからプレゼントだ」

 身を乗り出して話す俺の前に、ベルナーが書類を取り出した。
 この熱のこもった話を強制的に止められた気がしないでもないけど、まぁとりあえず口をつぐみ受け取る。
 一枚目の表紙には単純に、第2回遺物調査、という文字。

「こ、これって!」
「おう、無事に決まったぜ」
「やった!」

 俺は喜びのあまり、立ち上がりながら書類を爆速でめくる。
 実はこの依頼、大掛かりなものだからとそこまで頻繫にすることはできないらしい。
 そしてベルナーもアゼルたちも忙しかったから、この数日間ダンジョンに行けていない。
 一人で行く勇気がないこともあり、旧文明の遺物に飢えていたのだ。