「……なんの用でしょう?」
「何を言う! 私と貴様の仲じゃないか!」
「あー……訳の分からない方法で庶民を王国から追放した人と、その被害者って関係ですかね?」
ギラギラとした目つきでこちらを見てくる第三王子に、気味悪さを感じて顔をしかめてしまう。
しかし第三王子は俺のそんな気も知らないようで、顔面に笑みを浮かべたまま俺に何かを投げてよこした。
店の営業停止令状と同じような、羊皮紙の高級そうな紙。
そこにはこれまた汚い字で、堂々と文字が書かれていた。
『招集義務通達書』
その下にはつらつらと長ったらしく説明が書かれているものの、要約すると「お前には特別な才能があるから、王国のために身を捧げる義務がある」とのことだ。
馬鹿らしすぎるあまり、眉間に深いしわが寄ってしまう。
そんな俺の表情を見て中身が気になったのか、ベルナーやアゼル、ジェシカがそれをのぞき込んできた。モモもジェシカの腕に抱かれて紙を見ている。
「……はぁ?」
第一声の明らかに嫌悪まる出しなのはアゼルだ。
アゼルはもともと自由意識が強く、最低限のギルドにしか関与せず自由に生きてるから、なおさらだとは思う。
同様に眉をひそめていたジェシカだったが、彼女はふいに首をかしげた。
「あれ、でも調整屋くんって王国追放処分受けたんじゃなかったの?」
「そのはず……なんですけど……。しかもあの人から処分の令状をもらってるんで……」
そう答えると、訳のわからなそうが返ってきた。
いや、ほんとにそうなんだよね。
俺の調整屋が気に入らなくて営業停止させて、侮辱罪だかなんだか知らないけど王国を追放させた挙句、なぜか「お前は王国に身を捧げる義務がある」とは、かなり虫が良すぎる話だ。
ベルナーは一言も言わずに、紙を見つめている。
まぁ、そら副統括長さまからしたら、こんな人がいるなんて絶句してしまうだろう。
俺はベルナーに紙を押しつけつつ、第三王子と対峙した。
「第三王子さん、こちらの申し出は断ります。俺はもう王国民じゃないんですし」
「は、はぁっ!? こちらの好意を無下にするとは、不敬な!!」
「好意? 強制か、あるいは押しつけって言うんじゃないですか?」
「うるさい!」
最初の好意的な会話はなんだったのか、と言わんばかりに、第三王子は声を荒らげる。
今日、このダンジョンが貸し切りになってしまっているのが惜しい。ほかの冒険者とかいたら、すぐに噂とか広がるのに。
「そもそも、俺を王国から追放したのは、あんただろ。それで王国から離れてなんとか生きてきたってのに、それを無視して王国に身を捧げろとか、さすがに都合がよすぎる」
「都合がよくて何が悪い! 俺は王国の第三王子だ! 民を自由に動かすのは俺の特権だっ!」
叫びのあまり、唾が飛んでくる。
そしてなんて傲慢な言葉なのか。これ、本当に王族か?
呆れすぎて言葉が出ない。
すると第三王子は、にたにたとなぜか笑い始めた。
「お前がこの令状を断れば、この国だけじゃなく、王国と国交のある国では指名手配されて生きられなくなるんだが、それでもいいのか? えぇ?」
「……っ」
せっかく調整屋を帝国に開いたというのに、また帝国から出ないといけなくなる、というのは嫌な話だ。
とはいえ、この第三王子に仕えるというのは、ごめんだ。
どうしようか。少女からもらった知識によると、ちょうど第三王子が立っているところは、ちょうど遺物になっている。
けど、ここで急に地面に手をつけて魔力を込めはじめたら、さすがにやつも逃げてしまう。
「くっくっく、残念だが、時間に余裕はないぞ。今誓うか、今指名手配されるか、の二択だ」
下卑た笑い声が辺りに響く。
どうにかして突破する方法はないのか。
――と思っていた矢先、俺の肩にポンと手が置かれた。
「大丈夫だ、カイン」
「ベルナー?」
先ほどまでじっと通達書を見つめていたベルナーが、頼もしそうな顔で俺を見下ろしていた。
きょとんとする俺に頷きで返した彼は、通達書を持って第三王子に近づく。
「誰だ貴様は!」
「そうだな、関係者とだけ言っておこうか」
そのまま通達書を目の前に掲げると、勢いよく真っ二つに破り捨てた。
「んなっ!」
第三王子の驚きの声が聞こえるが、ベルナーの動きは止まらない。
さらに真っ二つにした通達書をくしゃくしゃにして空に放り投げると、懐に入れていた小さな護身用ナイフで斬り刻み、あっという間にチリの山にしてしまった。
「貴様! 何を――」
「王国法令、第42条」
第三王子の叫びを、ベルナーは遮る。ベルナーは叫んですらいないのに、第三王子よりも声の圧が強く、叫びはかき消されてしまう。
「令状ならびに通達書は王族ないし王族の血を引くものは作成を許さない、だったか。この筆跡はお前のものだよな?」
「不敬な! この俺を誰と心得るか!」
「王国の第三王子、リヒャルシ・マクガライドだな。王宮内でのまたの名を、我儘ばかりの第三王子ってな」
ベルナーはナイフを仕舞い、やれやれと肩をすくめる。
「お前はまったく変わらないな。良くも悪くも」
余裕そうなベルナーとは対照的に、第三王子――リヒャルシはぷるぷると震え、顔を真っ赤にしてベルナーを睨んでいる。
っていうか、第三王子そんな名前だったんだ。
「何者だ、お前は」
「おや、血縁関係者の顔を忘れちまうなんて、ずいぶんと薄情だな」
「……血縁関係者?」
思わず呟きが漏れてしまう。
だって、ということはベルナーは王国の王族の血を継ぐものになってしまう。
冒険者かつ、冒険者ギルドの副統括長をやってる人が?
いや、まだ傍系という可能性がある。
なんか、いまの国王の従弟の姪の、そのまた従弟の……みたいな。
しかし、次に言い放ったベルナーの言葉で、その想像は打ち砕かれることになった。
「王国の亡き第一王子、ベルノルド・マクガライドだ。兄の顔くらい覚えておいてくれな、弟よ」
「――っ!?」
その場のみなが、息を呑んだ。
何せ有名な話なのだ。
王国のベルノルド王子は、頭脳明晰で見目麗しく、仕事もできたし武芸にも秀でていた。物腰柔らかで一般庶民にも好かれ、大人気の王子だった。
しかしある日の夜、厳重な守りの王城に忍び込んだ間者によって、暗殺されてしまった。
俺が王都で働きはじめるもっと前の話だったが、その報せは国中、国外へ瞬く間に広がっていき、全世界が悲しみに包まれていた。
……だというのに、そのベルノルド王子が……ベルナー!?
しかし周囲の人の驚きには目もくれず、ベルナーはリヒャルシをじっと見つめたまま、口角を上げた。
「それにしても、ずいぶん達筆だったな。誰が書いたんだ? あの通達書は」
「はっ! 私に決まっているだろう! だから妾の子は見る目がない」
「だとしたら、あの通達書は無効だ。ちゃんとした血筋のやつなら知ってると思うが、王族の血を引くものはこういった通達書を書くのは禁止されてるからな。……もちろん、令状もな」
「……え? じゃあ俺が王国を追放されたっていうのも」
「あいつが書いたってんなら、無効だ」
ベルナーがこちらをちらりと見て、仕方なそうに肩をすくめた。
記憶を思い返すと、見せられた営業停止と王国追放の令状は、めちゃくちゃ字が汚かった気がするし、たしか「私が書いた」みたいなことを、言ってたような、言ってなかったような……
「う、うるさいうるさい! 私が言えば、すべてはその通りになるんだから、そいつは王国追放なんだ!!」
「で、今度は招集しようとしていると」
「そうだ! 貴重な人材を招集して、何が悪い!」
「そもそもカインは、もう王国の人間じゃないから、王族の一声で招集することはできないがな」
ふるふるとかぶりを振り、ため息をつくようにベルナーは言う。
ただ、リヒャルシには聞こえていないようだ。……聞いていない、のほうが正しいかもしれないが。
「まったくお前は……昔から変わらず横暴な振る舞いばかりだな……。言っただろう、王族たるものそんな態度ではいけないと」
「私に説教をするな! 妾の血が入った汚らわしい王家の恥め!」
「あーあー、こんな風に育って悲しいよ」
泣き真似でもするように、ベルナーは目に手を当てる。
しかしすぐに不敵な笑みを浮かべると、ちらりと俺たちの後方に視線をやった。
「そもそも、貴殿から指名手配の依頼をされたとしても、我が国は承諾しかねるがね」
ふいに、そんな声が聞こえてくる。
俺たちもその方向を振り向くと、さっそうとこちらに歩いてくるアンの姿があった。
「あ、アンさん!?」
「時間稼ぎが間に合ったようで、何よりだ」
「や、災難だったようだね」
緊迫した様子だというのに、アンは以前出会ったときの飄々とした様子だ。
パッと見る限り、義足の調子も良さそうだ。
「次から次へと……この国は庶民がしゃしゃり出てくるのが好きなようだな……」
「おや。帝国の悪口かい?」
リヒャルシの舌打ちと独り言を聞き逃さず、アンはベルナーの前に立つ。
独り言というにはずいぶんと大きくて、俺たちにも十分に聞こえたけれど。
「そこをどけ。私はあの調整屋にしか用はないのだからな」
「断るに決まっているでしょう。私たちはあの調整屋を支援しているのだから。なぜ他国のあなたたちに渡す必要が?」
「もともとあいつは王国の国民だった! それ以外あるか!」
「今の彼は帝国の国民。その理由は通らないわ」
唾棄するような表情のリヒャルシに真っ向から反論する、笑みを浮かべるアン。
いや、アン強すぎないか……? アンが帝国の商業ギルドと冒険者ギルドの統括長とはいえ、相手は隣国の王子。そんな余裕そうにできるものなのか?
「ならば、力づくで奪いに行くしかあるまいな」
再び舌打ちをしたかと思うと、リヒャルシはついに腰に刺さった剣を抜いた。
…………あの野郎、またゴテゴテの装飾がついた見た目ばかりの剣を使いやがって。
どうせこの間のと同じで壊して終わるに決まっているだろ!!
「ベルナー」
「おう」
アンはその剣身を見るなりそれを見据え、普段よりも少し低い声でベルナーの名前を呼ぶ。
ベルナーはそれですべてを理解したのか短く返事をすると、すぐに俺たちのもとに駆けてくるなり俺たちを地面にしゃがませた。
「ねぇ、ベルナー……」
「今はとりあえず、なるべく地面に伏せておけ。飛ばされるぞ」
「飛ばされるんだぜ?」
モモが首を傾げる。俺もそれに追随しようと思ったが、前方からとんでもない量の風が吹いてきて、口を閉じて下を向いた。
嵐の日に匹敵する……なんならそれより強いくらいで、目が開けない。たしかにこれは、モモどころか俺たちが立っていたら飛ばされかねない。
ベルナーもアンたちに背を向け俺たちを風から守っているが、なんとか踏みとどまれている、といった具合だ。
ちりが舞い散り目が痛いが、なんとか薄目で前方を見る。
風の発生源は――アンだ。髪をなびかせながら、彼女は堂々と仁王立ちしていた。
「あれ? アンさんって、スキルは嘘か本当かがわかるものじゃ……」
この国に来たときに、そんなことを聞いた気がする。
でも今目の前にいるアンは、明らかに常人の力ではないものを使っている。
思わず呟いた俺に答えてくれたのは、ベルナーだった。
「アンはスキルが2つあるんだ。さすが、帝国の王族だよな」
「……ん? 王族?」
聞いたことがある。
基本的に人間はスキルを一つしか持たないが、どこかの国の王族の、その中でも選ばれた人間はスキルを2つ持つらしい。
いやでも、そうなると彼女は――
俺が答えを出す前に、アンは高らかに声を上げた。
「私の国民と私の護衛騎士に仇なさんとする行為、到底見逃すわけにはいかない。ここでちりと化すが良い!」
「ひ、ひぃいいいっ!!!」
リヒャルシの情けない叫び声が、風の中でも聞こえる。
彼は風にあおられたのか尻餅をついていて、一緒にいた護衛たちに背後から支えてもらっている状況だった。
そして、その下にはちょうど遺物が……
「アンさん! ちょっとだけ後ろ下がって!」
風の中なんとか大声で叫ぶ。聞こえたかどうか不安だったが、かすかに頷きが見えてアンが数歩後ろに下がった。
それを確認して、俺は地面に手を当てて調整スキルを使い、遺物をさっと使えるようにして魔力を込めた。
少女からもらった知識の中にあった。これは『ワープゾーン』という名前の遺物で、どうやら瞬間移動ができるようだ。
他に活性化されているワープゾーンに移動できるらしいが、どこに移動できるかはわからない。でも、少なくとも目の前からあいつらを消すことはできる。
大掛かりな設備だからか持っていかれる魔力は大きいけれど、調整スキルで魔力消費を抑えたのと、ジェシカの料理のおかげで回復していたおけがか、なんとか枯渇せずには済んだ。
辺りがかすかに青白く光る。
「なんだっ!? この青いのは!」
怯えるリヒャルシの声が届くが、聞こえなかったことにする。
向こうも俺の話、聞こうとしなかったからね。
「そりゃ!」
ひときわ強く、辺りが青白く光った。
「うわぁああああ――」
情けないリヒャルシの叫びがまた聞こえたが、途中でぷつりと消える。
それと同時に暴風も収まり、辺りが静けさに包まれた。
俺は魔力不足でふらつく体で立ち上がり、前方を見る。
――仁王立ちするアンの前に、あの男の姿はもうなかった。
「何を言う! 私と貴様の仲じゃないか!」
「あー……訳の分からない方法で庶民を王国から追放した人と、その被害者って関係ですかね?」
ギラギラとした目つきでこちらを見てくる第三王子に、気味悪さを感じて顔をしかめてしまう。
しかし第三王子は俺のそんな気も知らないようで、顔面に笑みを浮かべたまま俺に何かを投げてよこした。
店の営業停止令状と同じような、羊皮紙の高級そうな紙。
そこにはこれまた汚い字で、堂々と文字が書かれていた。
『招集義務通達書』
その下にはつらつらと長ったらしく説明が書かれているものの、要約すると「お前には特別な才能があるから、王国のために身を捧げる義務がある」とのことだ。
馬鹿らしすぎるあまり、眉間に深いしわが寄ってしまう。
そんな俺の表情を見て中身が気になったのか、ベルナーやアゼル、ジェシカがそれをのぞき込んできた。モモもジェシカの腕に抱かれて紙を見ている。
「……はぁ?」
第一声の明らかに嫌悪まる出しなのはアゼルだ。
アゼルはもともと自由意識が強く、最低限のギルドにしか関与せず自由に生きてるから、なおさらだとは思う。
同様に眉をひそめていたジェシカだったが、彼女はふいに首をかしげた。
「あれ、でも調整屋くんって王国追放処分受けたんじゃなかったの?」
「そのはず……なんですけど……。しかもあの人から処分の令状をもらってるんで……」
そう答えると、訳のわからなそうが返ってきた。
いや、ほんとにそうなんだよね。
俺の調整屋が気に入らなくて営業停止させて、侮辱罪だかなんだか知らないけど王国を追放させた挙句、なぜか「お前は王国に身を捧げる義務がある」とは、かなり虫が良すぎる話だ。
ベルナーは一言も言わずに、紙を見つめている。
まぁ、そら副統括長さまからしたら、こんな人がいるなんて絶句してしまうだろう。
俺はベルナーに紙を押しつけつつ、第三王子と対峙した。
「第三王子さん、こちらの申し出は断ります。俺はもう王国民じゃないんですし」
「は、はぁっ!? こちらの好意を無下にするとは、不敬な!!」
「好意? 強制か、あるいは押しつけって言うんじゃないですか?」
「うるさい!」
最初の好意的な会話はなんだったのか、と言わんばかりに、第三王子は声を荒らげる。
今日、このダンジョンが貸し切りになってしまっているのが惜しい。ほかの冒険者とかいたら、すぐに噂とか広がるのに。
「そもそも、俺を王国から追放したのは、あんただろ。それで王国から離れてなんとか生きてきたってのに、それを無視して王国に身を捧げろとか、さすがに都合がよすぎる」
「都合がよくて何が悪い! 俺は王国の第三王子だ! 民を自由に動かすのは俺の特権だっ!」
叫びのあまり、唾が飛んでくる。
そしてなんて傲慢な言葉なのか。これ、本当に王族か?
呆れすぎて言葉が出ない。
すると第三王子は、にたにたとなぜか笑い始めた。
「お前がこの令状を断れば、この国だけじゃなく、王国と国交のある国では指名手配されて生きられなくなるんだが、それでもいいのか? えぇ?」
「……っ」
せっかく調整屋を帝国に開いたというのに、また帝国から出ないといけなくなる、というのは嫌な話だ。
とはいえ、この第三王子に仕えるというのは、ごめんだ。
どうしようか。少女からもらった知識によると、ちょうど第三王子が立っているところは、ちょうど遺物になっている。
けど、ここで急に地面に手をつけて魔力を込めはじめたら、さすがにやつも逃げてしまう。
「くっくっく、残念だが、時間に余裕はないぞ。今誓うか、今指名手配されるか、の二択だ」
下卑た笑い声が辺りに響く。
どうにかして突破する方法はないのか。
――と思っていた矢先、俺の肩にポンと手が置かれた。
「大丈夫だ、カイン」
「ベルナー?」
先ほどまでじっと通達書を見つめていたベルナーが、頼もしそうな顔で俺を見下ろしていた。
きょとんとする俺に頷きで返した彼は、通達書を持って第三王子に近づく。
「誰だ貴様は!」
「そうだな、関係者とだけ言っておこうか」
そのまま通達書を目の前に掲げると、勢いよく真っ二つに破り捨てた。
「んなっ!」
第三王子の驚きの声が聞こえるが、ベルナーの動きは止まらない。
さらに真っ二つにした通達書をくしゃくしゃにして空に放り投げると、懐に入れていた小さな護身用ナイフで斬り刻み、あっという間にチリの山にしてしまった。
「貴様! 何を――」
「王国法令、第42条」
第三王子の叫びを、ベルナーは遮る。ベルナーは叫んですらいないのに、第三王子よりも声の圧が強く、叫びはかき消されてしまう。
「令状ならびに通達書は王族ないし王族の血を引くものは作成を許さない、だったか。この筆跡はお前のものだよな?」
「不敬な! この俺を誰と心得るか!」
「王国の第三王子、リヒャルシ・マクガライドだな。王宮内でのまたの名を、我儘ばかりの第三王子ってな」
ベルナーはナイフを仕舞い、やれやれと肩をすくめる。
「お前はまったく変わらないな。良くも悪くも」
余裕そうなベルナーとは対照的に、第三王子――リヒャルシはぷるぷると震え、顔を真っ赤にしてベルナーを睨んでいる。
っていうか、第三王子そんな名前だったんだ。
「何者だ、お前は」
「おや、血縁関係者の顔を忘れちまうなんて、ずいぶんと薄情だな」
「……血縁関係者?」
思わず呟きが漏れてしまう。
だって、ということはベルナーは王国の王族の血を継ぐものになってしまう。
冒険者かつ、冒険者ギルドの副統括長をやってる人が?
いや、まだ傍系という可能性がある。
なんか、いまの国王の従弟の姪の、そのまた従弟の……みたいな。
しかし、次に言い放ったベルナーの言葉で、その想像は打ち砕かれることになった。
「王国の亡き第一王子、ベルノルド・マクガライドだ。兄の顔くらい覚えておいてくれな、弟よ」
「――っ!?」
その場のみなが、息を呑んだ。
何せ有名な話なのだ。
王国のベルノルド王子は、頭脳明晰で見目麗しく、仕事もできたし武芸にも秀でていた。物腰柔らかで一般庶民にも好かれ、大人気の王子だった。
しかしある日の夜、厳重な守りの王城に忍び込んだ間者によって、暗殺されてしまった。
俺が王都で働きはじめるもっと前の話だったが、その報せは国中、国外へ瞬く間に広がっていき、全世界が悲しみに包まれていた。
……だというのに、そのベルノルド王子が……ベルナー!?
しかし周囲の人の驚きには目もくれず、ベルナーはリヒャルシをじっと見つめたまま、口角を上げた。
「それにしても、ずいぶん達筆だったな。誰が書いたんだ? あの通達書は」
「はっ! 私に決まっているだろう! だから妾の子は見る目がない」
「だとしたら、あの通達書は無効だ。ちゃんとした血筋のやつなら知ってると思うが、王族の血を引くものはこういった通達書を書くのは禁止されてるからな。……もちろん、令状もな」
「……え? じゃあ俺が王国を追放されたっていうのも」
「あいつが書いたってんなら、無効だ」
ベルナーがこちらをちらりと見て、仕方なそうに肩をすくめた。
記憶を思い返すと、見せられた営業停止と王国追放の令状は、めちゃくちゃ字が汚かった気がするし、たしか「私が書いた」みたいなことを、言ってたような、言ってなかったような……
「う、うるさいうるさい! 私が言えば、すべてはその通りになるんだから、そいつは王国追放なんだ!!」
「で、今度は招集しようとしていると」
「そうだ! 貴重な人材を招集して、何が悪い!」
「そもそもカインは、もう王国の人間じゃないから、王族の一声で招集することはできないがな」
ふるふるとかぶりを振り、ため息をつくようにベルナーは言う。
ただ、リヒャルシには聞こえていないようだ。……聞いていない、のほうが正しいかもしれないが。
「まったくお前は……昔から変わらず横暴な振る舞いばかりだな……。言っただろう、王族たるものそんな態度ではいけないと」
「私に説教をするな! 妾の血が入った汚らわしい王家の恥め!」
「あーあー、こんな風に育って悲しいよ」
泣き真似でもするように、ベルナーは目に手を当てる。
しかしすぐに不敵な笑みを浮かべると、ちらりと俺たちの後方に視線をやった。
「そもそも、貴殿から指名手配の依頼をされたとしても、我が国は承諾しかねるがね」
ふいに、そんな声が聞こえてくる。
俺たちもその方向を振り向くと、さっそうとこちらに歩いてくるアンの姿があった。
「あ、アンさん!?」
「時間稼ぎが間に合ったようで、何よりだ」
「や、災難だったようだね」
緊迫した様子だというのに、アンは以前出会ったときの飄々とした様子だ。
パッと見る限り、義足の調子も良さそうだ。
「次から次へと……この国は庶民がしゃしゃり出てくるのが好きなようだな……」
「おや。帝国の悪口かい?」
リヒャルシの舌打ちと独り言を聞き逃さず、アンはベルナーの前に立つ。
独り言というにはずいぶんと大きくて、俺たちにも十分に聞こえたけれど。
「そこをどけ。私はあの調整屋にしか用はないのだからな」
「断るに決まっているでしょう。私たちはあの調整屋を支援しているのだから。なぜ他国のあなたたちに渡す必要が?」
「もともとあいつは王国の国民だった! それ以外あるか!」
「今の彼は帝国の国民。その理由は通らないわ」
唾棄するような表情のリヒャルシに真っ向から反論する、笑みを浮かべるアン。
いや、アン強すぎないか……? アンが帝国の商業ギルドと冒険者ギルドの統括長とはいえ、相手は隣国の王子。そんな余裕そうにできるものなのか?
「ならば、力づくで奪いに行くしかあるまいな」
再び舌打ちをしたかと思うと、リヒャルシはついに腰に刺さった剣を抜いた。
…………あの野郎、またゴテゴテの装飾がついた見た目ばかりの剣を使いやがって。
どうせこの間のと同じで壊して終わるに決まっているだろ!!
「ベルナー」
「おう」
アンはその剣身を見るなりそれを見据え、普段よりも少し低い声でベルナーの名前を呼ぶ。
ベルナーはそれですべてを理解したのか短く返事をすると、すぐに俺たちのもとに駆けてくるなり俺たちを地面にしゃがませた。
「ねぇ、ベルナー……」
「今はとりあえず、なるべく地面に伏せておけ。飛ばされるぞ」
「飛ばされるんだぜ?」
モモが首を傾げる。俺もそれに追随しようと思ったが、前方からとんでもない量の風が吹いてきて、口を閉じて下を向いた。
嵐の日に匹敵する……なんならそれより強いくらいで、目が開けない。たしかにこれは、モモどころか俺たちが立っていたら飛ばされかねない。
ベルナーもアンたちに背を向け俺たちを風から守っているが、なんとか踏みとどまれている、といった具合だ。
ちりが舞い散り目が痛いが、なんとか薄目で前方を見る。
風の発生源は――アンだ。髪をなびかせながら、彼女は堂々と仁王立ちしていた。
「あれ? アンさんって、スキルは嘘か本当かがわかるものじゃ……」
この国に来たときに、そんなことを聞いた気がする。
でも今目の前にいるアンは、明らかに常人の力ではないものを使っている。
思わず呟いた俺に答えてくれたのは、ベルナーだった。
「アンはスキルが2つあるんだ。さすが、帝国の王族だよな」
「……ん? 王族?」
聞いたことがある。
基本的に人間はスキルを一つしか持たないが、どこかの国の王族の、その中でも選ばれた人間はスキルを2つ持つらしい。
いやでも、そうなると彼女は――
俺が答えを出す前に、アンは高らかに声を上げた。
「私の国民と私の護衛騎士に仇なさんとする行為、到底見逃すわけにはいかない。ここでちりと化すが良い!」
「ひ、ひぃいいいっ!!!」
リヒャルシの情けない叫び声が、風の中でも聞こえる。
彼は風にあおられたのか尻餅をついていて、一緒にいた護衛たちに背後から支えてもらっている状況だった。
そして、その下にはちょうど遺物が……
「アンさん! ちょっとだけ後ろ下がって!」
風の中なんとか大声で叫ぶ。聞こえたかどうか不安だったが、かすかに頷きが見えてアンが数歩後ろに下がった。
それを確認して、俺は地面に手を当てて調整スキルを使い、遺物をさっと使えるようにして魔力を込めた。
少女からもらった知識の中にあった。これは『ワープゾーン』という名前の遺物で、どうやら瞬間移動ができるようだ。
他に活性化されているワープゾーンに移動できるらしいが、どこに移動できるかはわからない。でも、少なくとも目の前からあいつらを消すことはできる。
大掛かりな設備だからか持っていかれる魔力は大きいけれど、調整スキルで魔力消費を抑えたのと、ジェシカの料理のおかげで回復していたおけがか、なんとか枯渇せずには済んだ。
辺りがかすかに青白く光る。
「なんだっ!? この青いのは!」
怯えるリヒャルシの声が届くが、聞こえなかったことにする。
向こうも俺の話、聞こうとしなかったからね。
「そりゃ!」
ひときわ強く、辺りが青白く光った。
「うわぁああああ――」
情けないリヒャルシの叫びがまた聞こえたが、途中でぷつりと消える。
それと同時に暴風も収まり、辺りが静けさに包まれた。
俺は魔力不足でふらつく体で立ち上がり、前方を見る。
――仁王立ちするアンの前に、あの男の姿はもうなかった。

