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ずしりと重い大剣を構え、見据えるのは目の前の遺物にまとわりつく青いスライム。
この空間の中央に鎮座する大きな金属質の物体を呑み込み、天井にまで侵食したそいつの核は、見えない。だが体積が徐々に減っていくと、やがて見つかるだろうか。
たくさん栄養素を吸い取ったのだろう、図体だけはでけえモンスターに、切っ先を向ける。
「ほら、行くぜぇ?」
俺の殺気を感じ取ったのか、スライムはこぽこぽと泡立つ音を立てて、こちらに触手を勢いよく伸ばした。
「遅ぇな!」
駆けながらそれを回避し、金属質の物体に近寄ると、切っ先をスライムごと刺す。
ついで手元のスイッチを押すと、火にあぶった鍋に水を拭き垂らしたように、スライムが沸騰した。
このモンスターには口がないから、慟哭はない。
だが、痛みなのか恐怖なのか、あるいは敵意なのか。先ほどよりも多くの触手を俺に伸ばしてきた。
「はっ、そんな遅い動きで、俺を止められるかよぉっ!」
体の芯から熱が滾り、活力が湧く。
モンスターと戦うときはいつだってそう。
自分よりも強そうな相手が目の前にいると、そいつを倒したくてたまらなくなる。
それが、一筋縄ではいかないのなら、なおさらだ。
口角があがってしまう。
「おらぁっ!!」
触手を斬り落とし、再びスライムの中に剣身を突き立ててスイッチを押す。
熱に浮かれた泡沫が飛び、額に当たるが、こんなもんでは瞬き一つしない。
「次だ次だっ!」
薙いで、燃やして、駆ける。
傍目では、まだ全くと言っていいほどスライムの体積は減っていない。
俺が炎で蒸発させていくそばから、金属質の物体から栄養を得ているのだろうか。
ならば、まずはその物体から剥がしてやろうか。
だが、その前に剣を変えなければいけないか。
「ほら、くれてやるぜ!」
スイッチを押し炎が勢いよく出たまま、剣をスライムにぶん投げる。
やつが触手でそれを受け止め溶かしている間に、カインたちが用意した剣を拾いに駆ける。
このまま進めるとなると、あと数十本は必要になりそうだ。
モモも、怪我せずに鉱物を拾えるといいんだが。
だが、俺の仕事はこのスライムとの対峙。深く息を吸いながら呼吸を落ち着け、再び大剣を手にスライムを見据え、再び、剣を投げた。
一本、また一本。
スイッチを押しながら遺物に刺さるように、力強く投擲する。
カインの調整スキルのおかげか、剣の溶けるスピードが通常よりも遅い。
炎は金属質の遺物を燃やし、熱を伝播させる。やがてスライムは、遺物から離れるという寸法だ。
後方からカインの叫びが聞こえたような気がしたが、スライムが泡立つ音のせいで、うまく聞き取れなかった。
まぁ、おおかた「遺物を大事にしろ」というくらいだから、聞かなくても問題ないだろ。
……アンには怒られるかもしれねえが。
「くくっ、岩盤浴は苦手ってか?」
ぷすぷすと音を立てて、スライムの一部が遺物から離れる。
そこを見逃さない。
「おらぁっ!」
再び拾っておいた大剣で、浮いた隙間を縫うようにスライムを斬る。
核から離れた粘液質の部分は、酸の効果こそ持てど、ふたたび合体しない限りは触手が伸びたり動いたりはしない。
だから、その間に炎で燃やし尽くすのみだ。
地面に落ちたスライムの破片を、大剣で突き刺し、スイッチを押す。
まだスライムの体積は少し減ったくらい。
「まだまだぁっ!」
自分自身に活を入れるように叫び、鞘を力強く握りしめて駆けだした。
それから幾度となくスライムを斬り、燃やしたか。
「はぁ、っ……くははっ!」
敵が少しずつ少なくなっていくのがわかるようになると、体から湧き上がる高揚感がより強くなってくる。
動き続けて満身創痍だし、手の近くは火傷を負っているし、触手を避け損ねて裂傷がいくつもできている。
それでも、この戦いは楽しい、そう感じていた。
とはいえ、限界もある。
「まずいな……鉱物がもう残り少ねぇ」
戦っている最中もモモが鉱物を頭で割ってカインたちのもとに持っていっていたが、その残りが片手で数える程度になっていた。
あと大剣を作れても、二、三本が限界だろうか。
俺は新たな大剣を拾ってふたたび構え、汗をぬぐう。
「核がまだ見えねえってのは、ちときついな」
スライムの体積はすでに最初から随分と減り、天井から剥がれ、遺物も半分以上が見えているが、なかなかそこから減らないのだ。
「あそこの上かぁ?」
俺のいるところからは高さ的に見えないが、おそらく遺物の真上にスライムの核があって、そこから粘液質が伸びているのだろう。
核を仕留めなきゃ、スライムは再生する。こっちに出てこないなら、こちらから向かうまでだ。
遺物の表面が溶かされてボロボロだから、そこから登るか。
それとも、カインたちに怒られること必至で、遺物ごと斬るか……?
「いや、アンに怒られるのは、ごめんだな」
……あの鬼ババアに怒られるのだけは勘弁だ。
内心でそう笑いながら駆け出し、腐食によって遺物にできた段を駆け上がる。
そして遺物の天井が見えた瞬間、大剣を突き刺すはずだったが――
「くそ、どこだ!?」
そこに核はなかった。
遺物の上部は、こぽこぽと粘液質が存在するのみ。
「もしかして……中かっ!」
推測ミスにリカバリーをしようとするが、時すでに遅し。
触手がこちらに伸びてきて、左肩を貫く。
「ぐぅっ、かはっ!」
避けるのも間に合わず、壁に勢いよく叩きつけられた。
触手が肩を貫通したまま壁に縫い付けるものだから、身動きがとれないし、不自然な体勢なものだから激痛が走り、大剣を落としてしまう。
スライムが嘲笑うかのように蠕動して、激痛が肩口をえぐる。
スライムは無機物だけでなく人間すらも捕食する。そして知能のある個体は、捕食したあとにスライムが捕食した人間に成り代わるのだそう。
伝説としか思っていなかったが、これが捕食される気分かと、冷静に分析してしまう。
たしかいつだか読んだ本には、人間の中に核を埋め込むと書いてあった。
そしてその通り、遺物の内部から黄色い核がお目見えした。
悠長に、まるで愉しんでいるのかと錯覚するほと、それはゆっくりと触手を辿ってこちらに向かってくる。
痛みで意識が飛びそうな中、俺はその核をじっと見つめ、視界の端の物体を捕らえるなり、叫んだ。
「モモ、今だ!」
その瞬間、眩い光線が、スライムの核を貫いた。
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