「貴重な旧文明の遺物を、モンスターごときがっ!!!!」

 あまりに衝撃的すぎて、目が飛び出んばかりに見開いてしまう。
 スライムに包まれた金属質な物体は、以前のダンジョンで見たような光沢はなく、なんならちょっと溶けている。
 表面もでこぼこだし、形も崩れているし、と最悪だ。

「俺の大事な旧文明の遺物なのに!!!!!」
「いや、お前のではないだろ」

 スライムに飛びかかろうと絶叫すると、突如ポコリと頭が叩かれた。
 振り返るとそこにいたのは、ゴーグルを外しながら眉をひそめるベルナーと、その後ろに続くモモとアゼル、ジェシカだった。
 四人の後ろには先ほどまではなかった穴がある。ここまで掘ってきたのだろうか。
 よく見ると、ベルナーの手には謎のドリルのような機械があり、そしてモモの白色の毛が地面と同系色になっている。

「この機械は?」
「我輩が水中の泥の中から見つけたんだぜ! 土を掘る旧文明の遺物だったんだぜ!」
「そうそう。それで、このゴーグルとあわせてお前を見つけられたってわけ」
「ああ、だからモモがこんなに汚れてるんだね」

 そう呟くと、ジェシカが苦笑まじりに口を開いた。

「そうだよ~? 調整屋くんがはぐれてから、それはもう大変だったんだから。おもにベルナーが」
「そりゃそうさ。カインをダンジョンの中で一人にしたって聞いたら、最凶の統括長様の雷が何度落ちるかわからねえ」

 アンの怒る姿はあまり想像できないが、ベルナーが怒られる姿は容易にできる。
 その様子がなんだか面白くて、ははっ、と笑ってしまった。

「おいあんたら、悠長に喋ってる場合じゃないだろ? そこにいるの、スライムじゃん」
「あ、ごめんアゼル。アゼルも無事?」
「お前よりかは丈夫だからな、僕の心配より自分の心配しな」

 眉根を寄せながら彼が指さすのは、俺がさきほど飛びかかろうとしたスライムだ。
 こちらに気づいているのかいないのかは不明だが、金属質の物体から離れることはなく、依然そのままだった。

「スライムって、専門の部隊を派遣する必要があるから、一旦退却したほうがいいんじゃないか?」
「私たち冒険者も倒せないことはないけれど……」

 アゼルの言葉にジェシカが答え、そしてぐるりと見回す。

「まともに戦えるのが私とベルナーだけなのを考えると、ここは一度戻るほうが良いわね」
「そ、そんな!!」

 俺は悲嘆交じりに叫ぶ。

「でも、一度戻ってからもう一度来ても、旧文明の遺物はあいつに溶かし尽くされてるよ!」
「とはいえなぁ……あいつを倒す方法って、炎魔法で少しずつ体積を減らしていくか、スライムを溶かす薬品だろ?」

 ベルナーは懐から小瓶を取り出す。チャポンと小さな音がしたそれが、件のスライムを溶かす薬品なのだろう。

「薬品は持ってきてはいるんだが、これだけだ。さすがにこれじゃああれは倒せねえわ」
「私も同じくらいしか持ってきてないわね……」

 ジェシカがかぶりを振る。
 小瓶サイズの薬品があったところで、凄まじい体積を持つスライムには焼け石に水といったところか。

「じゃ、じゃあ、モモのあの光線は?」
「頑張るんだぜ!」
「スライムの核に当たりゃいいが、当たらなかったときが大変だな」
「そっか……」
「残念なんだぜ……」

 俺とモモが同時にうなだれる。
 スライムというのは思いのほか厄介な相手で、武器は溶かすわ防具は溶かすわ、普通の魔法はほとんど通用しないわ、なのだ。

 ベルナーたちが持っていた薬品という特効薬もあるが、かなりの高級品。小瓶一つで俺たちの一か月の食事代が普通に飛ぶ。
 体積的にかなり大きな水たまりほどありそうな、目の前のスライムを倒すには、数年の食事代を犠牲にしなくてはいけないだろう。それを個人でやるのはごめんだ。

 薬品以外では、スライムは水分がほとんどを占めるモンスターなので、その水分を炎魔法でちまちまと蒸発させていく、という手が一応使える。
 なら炎魔法は……と言おうとして、ここにいる面子が誰も魔法を使えないことに気づいた。
 ベルナーはどんな武器をも扱えるスキル、アゼルはどんな武器をも作るスキル、ジェシカは食べ物に滋養強壮の効果を付けられるスキル、モモはポメラニアン、そして俺は物体を調整できるスキル。

「誰も炎魔法、できないね」
「私が炎魔法を使えたら、水筒を破壊したあの憎きスライムを倒したのに……! お気に入りだったのよあれ!!」

 ジェシカがぐっと拳を握りしめる。
 そういえば、このダンジョンに来たときに、謎の道具の損傷を直していた。
 あれは、ここのスライムのせいだったのだろうか。

「たぶんだが、どこかから入ってきたスライムがダンジョンをさまよいがてらここにたどり着いて、養分を得てあそこまで大きくなったんだろうな」

 ベルナーは肩をすくめて「あれじゃ、どうしようもねえ」と吐き捨てた。

「んー……素材さえありゃ、炎が扱える武器みたいなものは作れるんだがな」
「そうなの?」

 アゼルの言葉に目をみはる。

「ああ。前に客から依頼されて、炎を噴き出す武器を作ったことがある。たしかその人は……火炎放射器って言ってたかな」

 とはいえ、アゼルは自分で持っていた素材は水中服で使い切ってしまっている。

「炎属性の魔力が付いたものがありゃいいんだがな」

 アゼルがポツリと呟く。
 残念なことに、ここまでやってきて炎属性の魔力がついたものは見ていないし、この空間にも残念なことに素材は見当たらない。
 なんだか俺たちの空気が帰る方向になった――そのとき。
 空間がぐらぐらと揺れたかと思うと、魔力がこもった鉱物が辺り一面に飛び出してきた。

「は!?」
「なん、だこりゃ」

 辛うじてアゼルとベルナーが驚きの声を上げる。
 その他の俺たちは啞然としすぎて声すら出なかった。

「武器屋くん、これって……」
「炎属性の魔力がついてる……これならいけるぞ!」
「でもなんで急に出てきたんだぜ?」

 疑問の声ももっともで、こんな急に成長する素材というのは聞いたことがない。
 俺も驚き半分訝しげ半分の気持ちで辺りを見回していると、側に横たえていた少女が目を開いているのがわかった。

「あ、君!」

 すぐさま駆け寄って、様子をうかがう。
 弱弱しい体は相変わらずだったが、俺の手を握りにこりと笑いかけてきた。

「もしかして、君のおかげ……?」

 その問いに少女はこくりと頷いた。
 そもそも普通の少女じゃないということはわかってはいたけど、まさかこんなすごいことを起こせるなんて。
 そういえば、ベルナーたちに紹介していなかった、と振り返る。するとすぐそこにベルナーが心配そうな表情で立っていた。

「おいカイン、急にどうした? 一人でうずくまっちまって」
「一人じゃないよ、ほらこの女の子」
「は?」

 ベルナーはきょとんとした表情で俺をじっと見つめる。
 俺も理解ができなくて、ベルナーを見つめる。
 ……まさかこの少女、俺にしか見えないってこと……?

「カイン、大丈夫なんだぜ?」
「あ、モモ! ちょっとこっちに来て。アゼルとジェシカも!」

 俺が急に大声で呼んだからか、呼ばれた三人が驚いた様子でこちらを向く。
 そして駆け寄ってきた三人に横たわる少女を紹介したが、三人はベルナーと同じように、不思議そうなものを見る表情になった。
 つまり、俺にしか見えてないってことになるわけで。

「あー、なんだ……つまり、そのお前にしか見えてない女の子が、この鉱物を出現させた、と」
「カイン。もしかしてお前、一人で行動してたときに頭でも打ったか?」
「違うよ!」

 慌てて否定こそしたものの、人間ではなく一応旧文明の遺物であるモモも感知できてないとすると、なかなか信憑性に欠けてしまうのは否めない。
 とはいえ、この鉱物が急に発生したのも論理的な説明ができない。

「それで、どうするんだぜ? あいつと戦うんだぜ?」

 うーん、と考え込んでいると、モモが突っ込んでくる。
 そうだ、そんなことで言い争いをしている場合じゃなかった。早くしないと旧文明の遺物がスライムなんかに溶かされてしまう。

「アゼル、ここにある鉱物だと、その……火炎放射器? って作れる?」
「おう、これだけありゃ充分だ。んで、みんなで火炎放射器で炙ってやれば」
「いや待った」

 会話を止めたのは、ベルナーだった。

「さすがにこのスライムを表面からちまちま炙っていくのは、効率が悪すぎだ。それに、スライムは触手を伸ばして人の体を貫いてくるが、お前らにゃ避けられるか?」

 厳めしい顔で尋ねてくる彼を前に、俺とアゼルはそろって首を横に振った。
 たぶん避ける避けない云々の前に、火炎放射器とやらを持つので精一杯だと思う。

「だろ? だからもっと中に炎を入れ込めるやつだといいんだが」
「スライムの中に? たとえば爆弾とか?」
「特効薬ではあるが、ここが崩落して生き埋めになりたくないなら、やめたほうがいいな」
「んー……」

 三人で考え込む。
 意外と洞窟の中というのは、制限が多いようだ。
 そもそもスライムというのは、体内にある小さな核を潰すことで倒すことができる。
 しかしこの核はあまりに小さく、そして周りにある粘液質かつ何もかも溶かしてしまうような部分が多く、倒すまでに時間がかかると言われているのだ。

 だから粘液質の部分を炎なり薬なりで減らし、小さな核を見つけて倒す、というのが一般的な倒し方だ。
 だから爆弾というのは、かなり良い方法だったりする。
 粘液質の部分を効率的に消せるし、剣や槍みたいにピンポイントで狙わずとも核を潰せる可能性が高まるのだ。
 …………こんな洞窟の中じゃなければ。

「なるべく炎をスライムの中に入れられて、爆発は起こさないもの、か……」
「自分で言っててなんだが、なかなか難題だな……」
「……あ」

 ふと思いついて声が漏れる。
 期待に満ちた目でこちらを見るベルナーとアゼル。
 とはいえ、あまり自信がないはないので、おそるおそる言葉を発した。

「あのさ、剣身から炎が出る構造って、いける?」
「まぁ、いけなくはないが……斬るついでに炎で燃やすってことか?」

 一瞬怪訝そうにしたアゼルだったが、こくりと頷く。
 しかし再びベルナーが口を挟んだ。

「剣だとすると、一、二回スライムに斬りつけただけで、剣が溶けちまうぜ」
「そうだよね。だからさ――」

 そこで言葉を一度切ると、俺はアゼルの肩に手を回す。

「俺とアゼルでずっとその炎が出る剣を作り続ける、ってのはどう?」

 ◆   ◇   ◆

「いや~……まさか本当に採用されるとはね……」
「名案だと思うぜ。僕は思いつかなかったから」
「炎が出る剣なんて、よく思いついたわね!」

 調整スキルで洞窟の奥まったところにスペースを作った俺は、アゼルとともにせこせこと武器の製造を行っていた。
 流れとしては、こうだ。

 まずモモが外を走りながら、少女が出してくれた素材を都度持ってくる。
 そしてそれを使って、アゼルが剣身から炎が出る剣を製造する。
 最終的にその剣を俺が調整スキルで耐久力を持たせることで、普通なら一、二度斬りつけただけで溶けてしまう剣を、三、四度くらいはもたせよう、というものだ。

 ジェシカは手持ちの水や辛うじて持ってきていた非常食に滋養強壮の効果を付与して、俺たちの魔力がもし尽きそうになったとき用のご飯を作ってくれていた。
 ちなみに俺にしか見えない少女もこちらに避難してきている。
 そうしているうちにアゼルの手元が光り輝いたかと思うと、俺の身長と同じくらいの大剣が出来上がった。
 持ち手が赤く彩られていたり、剣身の炎が噴き出す箇所があまり目立たなくなっていて、アゼルのこだわりがこんな時でも発揮されていて、なんだか頼もしく感じる。

「おっけー、とりあえず一本目、できたぜ」
「じゃあこれを調整して、っと」

 そこに調整スキルを使って剣身の表面の回路を少しいじり、酸への耐久性を強くする。
 あまりに回路を集まらせすぎると、逆に剣の中で不均衡が強くなり、酸への耐久性は強くなっても剣の耐久性が弱くなり、振るだけ壊れてしまうので、塩梅が重要だ。
 そうして一本出来上がったそれを、ベルナーに手渡す。

「おお、すげえなこれ……あちち」

 ベルナーが手元のスイッチを押すと、剣身から勢いよく炎が噴射する。
 たまにお祭りで見かける大道芸の人が、口から噴き出してそうなものに匹敵する炎が、剣身から何本も噴射していた。
 そしてぶんぶんと器用に何度か振ってから「問題ねえ」と返してきた。

「じゃあ、これをあと何本か作ってから戦い開始だね」
「だな。それにしても、このスライムが大人しいやつで助かったぜ」
「たしかにそうよね。こっちがいろいろとやってるのに、一切手を出さずに動かないもんね」

 ジェシカがスライムのほうを覗き見ながら、うんうんと頷く。

「それは運が良くて嬉しいんだけど、その分旧文明の遺物が溶かされていると思うと……!」

 嬉しいような悲しいような気がしているのは、おそらく俺だけのはず。

「そうならないためにも、ほら、調整スキルかけてくれよ」
「うん……わかった」

 アゼルが二本目の剣を生成し、差し出してくる。
 ひとまず俺は魔力と怨念を込めて、調整スキルをかけておいたのだった。


 そうして手元に10本ほど用意できたところで、戦い始めることになった。

「触手が来るとやべえから、ここはモモが通れる隙間だけ開けて岩か何かでふさいどけ」
「え、でもそしたらベルナーが逃げる場所がないんじゃ」

 調整スキルでできなくはないけれど、そうすると万が一のことがあったときにベルナーが逃げ込むことも、逆に俺たちが出ていくこともできなくなる。
 しかしベルナーは得意げな顔になって、口角を上げた。

「馬ぁ鹿。俺が負けるとでも?」
「いや、そんなことは思ってないけど……こんな大きいスライムと戦うのは初めてでしょ?」
「まぁ、そりゃそうだが、それよりも楽しさが勝ってんだ」

 地面に置いておいた大剣を手に取り、ベルナーは何度か素振りをした。
 その目はスライムに向いていて、じわじわと見開いていく。

「こんなでけえモンスターを倒せるなんて、数年に一度……下手したらもっと少ねえかもしんねえ。そんな機会逃してたまるかよ」

 俺みたいな非戦闘員でもわかるくらい、ベルナーから覇気のようなものがあふれてくる。
 そういえばこの人、戦闘狂だったことを思い出す。
 だから前の仲間に捨てられたんだったもんね。
 覇気を感じると同時に、後方から声がかかった。

「あーあ、戦闘狂モードに入っちゃったね。調整屋くん、説得は諦めなよ」

 振り返ると、ジェシカがふるふると首を振っていた。

「ああなると、もう止められないから。思う存分やらせてあげるといいよ」
「でも」
「最近はあんまり大物倒してなかったから、余計にやりたいんじゃない? 大丈夫だよ、お腹に大穴開いても生還したやつだもん、スライムごときじゃ死なないわ」
「それは……」

 本当に人間か? と思ってしまうのは俺だけだろうか。
 アゼルとモモも同じ話を聞いていたはずだが、二人はとくにそれについて反応しない。
 あれ、もしかして俺だけ変なのかな?

 まぁでも、ジェシカの話とベルナーの今の姿を見るに、説得が無理だというのは納得がついたので、俺はひとまず奥まったスペースのところに仕切りを作った。
 酸で溶けないように、最大限回路でコーティングもしておく。
 そして、その隙間からベルナーに声をかけた。

「無理しないでよ」
「はっ、いま無理しねえで、いつ無理すんだ?」
「……じゃあ、死なないでよ」
「あたりめえよ」

 ベルナーはにかりと歯を見せて笑うと、さっそうと大剣を担いでこの空間の中央に鎮座するスライムのもとへ歩いていく。

「ベルナー!」
「おう!」
 俺はもう一度、彼に声をかけた。
 やはり、とても心配だったのだ。

「絶っっっ対に、旧文明の遺物、壊さないでね!!!!」
「力強く言うセリフはそれかよ……」

 後ろ姿でもわかるほど、ベルナーはがっくしと肩を落とす。
 しかしすぐにひらひらと手を振って「善処はするぜ」と応えた。