一本道を進み続けて数十分。
 道はいつの間にか砂から土へ変わり、道の両端には木が植わるようになってきたが……

「全部枯れてる……」

 隣でこくりと少女が頷く。
 今はまるで街道のような、草原が広がる中の一本道を進んでいるのだが、青々とした風景とは対照的に、並ぶ木だけが枯れていた。

「ちょっとだけ寄り道してもいい?」

 少女は首を傾げつつも頷いてくれたので、彼女とともに一本の木のそばに向かう。
 俺は木の表面を手で触れ、調整スキルを使った。
 途端に広がるのは、よく見慣れた回路。
 そして、触れた瞬間にピンとくる、旧文明の遺物の感触。
 回路を辿ると地面に行き、様々な木がどこからかやってくる一本の太い回路から分岐しているのがわかった。
 ただし…………

「回路はあってもどこかで寸断されてるっぽいなぁ」

 調整スキルで魔力を使う段階で、回路が正常に機能していると、反響みたいなものが返ってくる。
 しかしこの木は、一切そういったものが見えない。
 回路はあるが、死に体といったところだろうか。
 試しにほかの木でも試してみたが、結果は同じ。
 どの木も、回路がどこかから繋がる旧文明の遺物だが、その回路がどこで切れてしまっている関係で、ちゃんと作動していないのだ。

「待たせてごめ、――ん!?」

 繋いだ手の先の少女のほうを向き、本来の向かう先へ戻ろう、そう思っていたのだが、ふいに少女がその場に座り込んだ。
 ついで、辺りが一気に暗くなったかと思うと、視界が一瞬洞窟のような岩肌に変わった。
 木も、枯れ木ではなく、柱状の機械だった。
 すぐに先ほどまでの草原へ戻ったが、脳裏には荒涼とした洞窟が焼き付いていた。

「今のは……」

 座り込んでいた少女にそう聞こうとして、俺が視線を彼女に向けた瞬間、彼女の体がぐらりと揺れた。
 なんとか地面に倒れる前に抱きかかえられたが、彼女の顔はとてもつらそうで、息も荒い。

「ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」

 トントンと肩を軽く叩きながら尋ねると、彼女は弱弱しく頷きで応える。
 どう考えても大丈夫な人の応え方でも、問題ない人の様子でもない。

「俺一人だと何もできないからな……」

 あいにく治癒魔法は使えないし、唯一ダンジョンに来る前にベルナーから習った止血法は今回では意味をなさない。
 それにたぶんこの子、人間じゃなくてダンジョンから発生した何かだろうから、普通の治癒法も使えないだろう。
 となると、今の彼女に俺ができることは、ない。

「よし……じゃあ、進んで合流するしかないか!」

 最善策は、ベルナーたちと合流すること。
 そんな考えに至った俺は、「少し体動かすね」と声をかけて彼女をおぶることにした。
 非力だから体力が心配だったが、少女の体はまるで羽根のように軽く、俺でも全然長時間おぶって歩けそうだ。
 あとは道だが、ここまでずっと木を目印に進んできたから、それを真似すればきっとこの少女が行きたかったところに着くはず。

「さてと……行くか!」

 自分を奮起させるように、大きく声を出す。
 そしてゆっくりと立ち上がり、木を目印に歩み始めたのだった。

 ◆   ◇   ◆

 少女をおぶって木を頼りに進むこと、二時間ほど。
 草原、砂漠、山の中、海底と景色は二転三転とし、今はなんと空中。
 空に向かって登り坂が続き、必死に歩いていたらいつの間にか下がまったく見えないくらいところまで高くなったようだ。

 空はピンクがかった茜色で、どことなく気味悪さを覚える。
 大体こういう色の空って、大嵐が来ているときの色だよね。
 そんなことを思っていると、ついに木の目印が途絶え、登り坂の終わりが見えてきた。
 宙に浮かぶ島だ。

「はー……やっとだ……!」

 少女がとても軽いとはいえ、そもそもあまり体力がないものだから、二時間歩くことに疲れてしまい、思わずため息をついてしまう。
 背の少女の様子を窺うが、また辛そうな表情をしている。

「どこかに休めるところがあるといいけど……」

 おぶり直してから、再び歩を進める。
 ゆっくりと確実に進み続け、そしてついに登り坂を上り終え、島へとたどり着いた。

「……何あれ」

 しかし感動は一瞬で終わり、視界に飛び込んできた光景に、思わず顔をしかめてしまった。
 島は平面で、人が走り回っても十分すぎるほどの大きさで、その中央にはここまで道案内をしてくれた木と同じ木が植わっている。
 ただ大きさはこれまでのものとは段違いで、島のすべてを覆うくらいのサイズで、枯れ木とはいえ存在感があった。
 ここまでは違和感など何もない。

 俺の目に留まったのは、その木の幹から滴り、まるで木を締め付けるようにしている、真っ青なうごめく何か。
 脈打ち、中ではコポコポと泡が浮かんでいる。
 しかも幹だけではなく枝にも青い物体は巻きついていて、ぽきりと音を立てて折っては、青い物体の中に吸収しているようだった。

「これって、スライム……?」

 ダンジョンに行く前、アンから渡された資料に書いてあった気がする。
 詳しいことは覚えていないが、『見つけたら逃げろ』と書いてあったのを思い出す。

「まずい……いったん戻って――」

 気づかれる前に去ろう……そう思って振り返った俺の目に入ったのは、空中だけ。
 先ほどまで歩いてきた道は、跡形もなくなっていた。

「うっ……ぁっ!」
「大丈夫!?」

 背負っていた少女が呻き声を上げた。
 スライムに気づかれないよう、島の端のほうで少女の体を下ろし寝かせると、少女は弱弱しく震える腕でスライムを指す。
 そして、糸が切れたかのように腕が地面に落ちた。
 様子を見るにただ意識を失っただけで、息はありそうでホッとひと息つく。

 とその時、先ほどのように急に景色が変わった。
 抜けるような空だったはずが、辺りは暗く湿った土へ変貌する。

「んなっ!!!?」

 大木の様子も変わっていた。
 思わず叫んでしまった俺の目の前に現れたのは、スライムが旧文明の遺物のような金属質な物体を綺麗に包み込んでいる様子だった。