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翌日。たっぷり休憩した俺たちはアゼルが複製した水中服を身にまとい、水中を探索していた。
メンツは俺とベルナー、モモ、ジェシカ、そしてアゼルだ。
他の冒険者たちには一旦テントで待機してもらい、何かあったときの救援要員になってもらった。
正確に言えば、アゼルはもともと救援要員のはずだったが、「まだ見ぬ地に、まだ見ぬ鉱石があるかもしれないだろ!」と、無理やりついてきたのだった。
まぁ、アゼルはもともとダンジョン探索のメンバーじゃなかったから、手伝ってくれるだけでありがたいのだけど。
「みんな、ここから通路が伸びているみたいだ」
先頭を進むのはベルナー。モモが見つけたゴーグルを身に着けすいすいと水中を進み、さほど時間がかからずに海底の小道を見つけてくれた。
ベルナーが見つけた小道は、意外にもテントのある場所からそんなに離れていないところにあった。
肉眼では見つけづらく、どうやら何かしらの魔法がかかっていたようで、パッと見では普通の砂利や石があるようにしか見えない。
しかし手で触れてみるとそれらは一瞬で消えて、ぽっかりと道が開いたのだった。
道が開いた瞬間、ジェシカは驚いたように口を押さえ、それから肩をすくめる。
「さすがにここは見つけてないから、ここから先は未探査エリアね……見逃すなんて、まだまだ半人前ってとこね」
「カイン、モモ、アゼル。俺たちからはぐれるんじゃねえぞ」
まるで子を引き連れて大きな店にでも行くような口ぶりだが、ベルナーの目つきが真剣そのものなので、こくりと頷いた。
ただ俺は、なんだか少しだけ、高揚感を覚えていた。
「カイン、なんだか楽しそうなんだぜ?」
「え、わかる?」
すぐ隣を泳ぐモモが、俺の顔を覗きながら首を傾げる。
水中マスクで隠れているはずだから目しかわからないはずなのに……と思っていると、すぐ後ろにいたアゼルが話を聞きつけたのかそばにやってくる。
そして俺の顔を見るなり、うんうんと頷いた。
「だって、目がキラキラしてるもん」
「だぜ!」
「そ、そうかな……」
鏡がないから確認しようがないか、二人が言うってことはそういうことなのだろう。
真剣に俺たちを案内してくれているベルナーとジェシカには申し訳ないが、怖さ半分、楽しさ半分といった心持ちなのだ。
誰も行ったこともないかもしれない道が目の前にあって、もしかしたらその先に見たことも触ったこともない遺物が存在しているかもしれない。
そう思うだけで、わくわくしてしまう。
あのゴーレムたちと戦って、旧文明の遺物と出会わなければ、こんな高揚感は覚えなかっただろう。
でもこの気持ちは、かなり心地よかった。
「調整屋くん、意外と冒険者の素質があるのかもね」
「結構、好奇心旺盛だからな」
ジェシカもベルナーも、俺の顔を見ては頷く。
なんだか恥ずかしくなって、俺は手で顔を隠すと「早く行くんでしょ!」と4人に言うのだった。
小道は人が一人通れるくらいの広さで、地面から頭のほうまで砂利や石で覆われている。
先ほどまでいたところと違うのは、魚などの生き物がいないことくらいだろうか。
先頭をベルナー、最後方をジェシカにして、その間に残りの三人という陣形で進むこと、数十分。
「……お?」
「ベルナー、何か見つけた?」
そう聞くと、ベルナーはサムズアップする。
そしてすぐにひらけた場所に出たかと思うと、きらめく光が俺たちの前に現れた。
帝都の一角がすっぽり入りそうなほど大きな、水で満たされた空間。
天上からは木の根のようなものがたくさん生え、その合間から光の筋が照らしている。
水面が揺れるたびに光が揺れ、俺たちの体の上を戯れるように動いていて、それは綺麗な光景だった。
「おぉ……」
誰のともつかないため息が聞こえる。
「これが、冒険者の醍醐味だな。こんなん、街に引きこもってたら見られやしねえ」
「うん、本当だ……」
ベルナーの言葉に、呟き同然の声で同意する。
これまで生きてきた中で、こんなに心に刺さる光景は見たことがなかった。
半ば無理やり冒険者になって、ゴーレムに追いかけられたり、魔力を使いきったりと大変な思いもたくさんしたけど、たしかにそんなことなど忘れてしまいそうなほど綺麗だった。
「さて、と。綺麗な景色に目を奪われるのは、ここまでだ!」
「そうね。未探索のところだもん、どんな危険があるかわからないし、どんなお宝があるかも調べなきゃね!」
ベルナーとジェシカが仕切り直すように、大きな声でそう言う。
そうだった、綺麗な景色を見に来るのは本題じゃなかった。
俺は名残惜しさを胸に抱きつつ、このひらけた空間をぐるりと見回す。
先ほどの海底よりは全然小さいとはいえ、それでも5人だと少々規模が大きい。
「ベルナー、ゴーグルだとどこに何があるって映ってるの?」
「それがなぁ……」
ベルナーはゴーグルを手早く外すと、俺のほうに投げてきた。
疑問に思いながらも装着すると、ゴーグルの中の水が自動で消えると同時に、先ほど見たような緑の光景が映し出される。
しかし何を考えても、どこを見ても、何も表示されない。
「あれ?」
「おそらくここの上の空間は、今まで探索したことがあるエリアなんだが、ここだけ魔法がまともに使えないようになってるんだ」
「……そうね! たしか大きな木の周りは魔法がほとんど使えなくて、木に棲む鷹みたいなモンスターを必死に弓矢とか銃で倒した記憶があるわ」
ベルナーとジェシカ曰く、この空間だけ魔法の効果がほんの微々たるものに制限されるようになっているらしい。
スキルや魔法自体は使えるが、どれだけ魔力を消費して強いものを使っても、起こるのは指先に収まるくらいの小さなもののみ。
だからそれらに頼らず、武器や自前の拳などでモンスターと戦わないといけないエリアなんだとか。
「……え、ってことは、水中服も機能が制限されてるってこと……?」
「だろうな」
試しに自分の水中服に調整スキルをかけてみようとするも、たしかに手の範囲しか回路が表示されない。本当に制限されているようだ
「ってことは、ここをくまなく探すってことなんだぜ?」
「そうなるな。カインもアゼルも、あんまりはしゃぎすぎて疲れないようにな」
そうして俺たちは、再びなんの補助もないまま探索をすることになったのだった。
やはりこういうトラブルも冒険者にはつきものなんだな……と、先ほどの感動を思い出しながら、俺はため息をついて、割り当てられたほうへ泳いで進むのだった。
「……ん? わぁっ!?」
しかし、そんな感情はすぐになくなってしまう。
――突如現れた渦潮に吸い込まれて、みんなとはぐれてしまったから。

