◆   ◇   ◆

「さ、待ってろよ、旧文明の遺物!!!!」
「まだ入り口だぞここ……」
「一昨日も昨日も、るんるんすぎてこいつ寝てないんだぜ」

 帝都から馬車に揺られて一日半。
 比較的整備された街道を進み、お目当てのダンジョンへたどり着いた俺は、ウキウキだった。

 目の前にあるのは、苔むす岩々で組み立てられた大きな建物と、山の中に続く洞窟。
 今回訪れたダンジョンは、帝都からほど近くにある大きなダンジョン。
 俺たちが帝都に来る道中に通ったダンジョンよりも、三回りくらい大きいらしく、帝国の中でも最大級のダンジョンらしい。
 外側からは見えないが、洞窟が山の中に張り巡らされている、とアンから渡された書類に書いてあった。
 とはいえ帝都の街ができたころにはすでに制覇されているもので、入口に警備兵も立っているし難易度もそこまで高くないので、初心者向けとされている。
 今は旧文明の遺物の調査で何か起こるかわからないから、初心者冒険者はいないけれど、普段は団体などでここに来ることが多いのだとか。

「でも、別にモンスターがダンジョンのエリアから出られるわけでもないのに、どうして完全制覇しないといけないんだろうね」

 ふいに浮かんだ疑問をこぼすと、ダンジョンの入り口に立つ警備兵にダンジョンに入る申請をしに行っていたベルナーがその疑問に答えてくれた。

「ダンジョンのモンスターは外に出てこないが、ダンジョン内のモンスターが増えると、ダンジョンそれ自体が持つ魔力は外に影響するんだよ。だから、その魔力に充てられて近場に棲む魔物が暴走しちまうんだ」
「そんな関係があるんだ……」
「特にここは帝都に一番近いダンジョンだからな、なるべく帝都への脅威は減らしたいんだろ」

 ダンジョンを完全制覇してしまえば、モンスターは新しく湧くことはなくなる。つまり魔物の暴走も防止できるということだ。
 完全制覇、という概念自体、この間のマスターゴーレムとの戦いで判明されたことなので、今冒険者ギルドはそれの対応で大忙しらしい、と馬車の中でベルナーから聞いた。
 モモが教えてくれなかったら、今も知られなかったと思うと、運命的な出会いだ。

「ただ、別に俺たちがダンジョンを完全制覇する必要はないからな。この間のとは違ってここはでかいし、普通の制覇で戦うボスも強いから、あくまで調査の一環だ」
「たしか、旧文明の遺物探すだけだもんね」
「間違っちゃいねえが、目的と手段が食い違ってる気がしなくもねえな……」

 呆れる風に眉尻を下げるベルナーを見やりながら、俺はダンジョンのほうへ視線を向けた。
 そもそもアンが俺に旧文明の遺物を調査してほしい、と依頼してきたのは、ダンジョンの完全制覇に関わるから、というのが理由らしい。

 これまでも旧文明の遺物というものはあったし、アンの義足みたいにそれを活用する人はいた。
 ただ詳しくいじれる人はおらず、あるものをなんとか理解しながら使い、壊れたらそこまで、という使い方が多かった。
 それに旧文明の遺物自体一般市民に回るほどの量はないので、知る人も扱える人もごく少数だった、というわけだ。
 俺も知らなかったしね。

「とりあえず、まずは旧文明の遺物を探せばいいって話でしょ?」
「まぁそれはそうだが……」

 なんだかベルナーは納得いっていない様子だが、ここで話してたら日が暮れてしまうし、とりあえず中に入ろう。
 俺は早く、旧文明の遺物に会いたいんだ。

「よし、じゃあ出発~!」
「おうなんだぜ~!」

 同じタイミングで右手を挙げる俺と、右足を上げるモモ。
 警備兵の人が生温かい視線で見ているとは思いもせず、勇み足でダンジョンの中へ足を踏み入れたのだった。

「遠足じゃねえんだから……」

 確実に呆れた口調のベルナーの独り言が聞こえたのは、きっと気のせいだろう。


 ダンジョンに一歩入った瞬間、目の前が真っ暗になったと思いきや、燦燦と陽が照らす森林が視界に現れ、頭が理解を拒んだ。
 それなりの太さの幹を持ち、高さが人間の数倍ほどの大木から、地面のほうに鬱蒼と茂る草。
 くわえて、さっきまでは長袖でちょうどいい気温だったというのに、湿度も温度も高く非常にムシムシしている。
 モモも一瞬にして口から舌を出してへっへっと荒い息を始めた。

「え?」
「こないだのダンジョンは小さかったからそのままだったが、こんな感じで、外と中が全然違うってのはよくある話だぜ」

 ベルナーはいつの間にか半袖になっていた。
 先に言っておいてくれよ、という言葉が喉まで出かかったが、旧文明の遺物のことしか考えてないあまり疎かになっていたのは自分なので、とりあえず黙ることにした。

「それにしても、相変わらずここは木が邪魔くせえな……」
「これって、切れないのかだぜ?」

 ベルナーのぼやきに、モモが反応する。
 たしかにベルナーみたいに武器をうまく扱える人だったら、巨木でもない限り魔法でゴリ押せそうな気はしなくもない。

「強そうな鎌なら持ってきたよ、魔法を込められるやつ」

 俺もアイテムバッグの中をごそごそと漁り、でかめの鎌をベルナーに手渡したが、彼はふるふるとかぶりを振った。

「ここの木だの草だのは、切っても切ってもすぐに再生するんだわ。おそらく、ダンジョンの性質だろうが」
 そう言って、ベルナーは鎌に魔力を込めて、ひょいと軽々と森林に向かって一振るいした。
 鎌からは鎌の刃先の形をした赤い魔力が凄まじい勢いで飛び出たかと思うと、小気味いい音を立てて木々を斬り倒していく。
 しかし彼の言う通り、すぐに木や草は再生し、なんならさっきよりもさらに鬱蒼と茂ってしまった。
 肩を竦めて「な?」と片眉を上げるベルナー。
 しかし、大体こういうのには魔力か旧文明の遺物が関わっている……とふと思い、俺はその場で腰を下ろして地面に手を当て、魔力を通した。

「……やっぱり」

 目を瞑ると、この空間全体に旧文明の遺物が埋め込まれていて、そこから草木に向かって回路が生えてるのがわかる。
 しかも、床にはいくつもの小さな魔法陣があり、おそらくそれによって草木が切っても切っても増え散らかしているのだろう。

「んで、どうする? って、カイン?」

 ベルナーが怪訝な声をあげるが、俺は気にせず調整スキルで魔法陣から延びる回路を断ち切っていく。
 とはいえ、この空間すべてにやってしまうと魔力を無駄に消費してしまうおそれがあるので、とりあえずまっすぐ一直線に向けてのみにやってみることにした。
 すぐに終わらせて目を開いた俺は、訝しげなベルナーに向かって振り向く。

「ちょっと小細工してみたから、もう一度やってみてくれない?」
「あ? まぁ、良いけどよ……」

 やっても無理だぜ? と言わんばかりの表情のベルナーだったが、再び鎌に魔力を込めて一薙ぎする。

「おん? …………おぉ!」

 すると先ほどとは違って、俺が回路を切った草だけ再生せず、まっすぐの道が出来上がった。

「すげえなカイン!」
「地面に旧文明の遺物が埋まってるみたい。たぶん、この部屋全体に埋まってるから、行く方向を言ってくれれば、道作るよ」

 そうして俺たちは、俺が調整スキルで地面の回路を切り、ベルナーが草を刈る、という方法でこの大きな森林地帯を進んだのだった。

「そういえば、ここにはモンスターは出ないんだね。この間のゴーレムみたいに」

 進みながら、ふとそんな疑問が湧く。
 初心者向けのダンジョンとはいえ、ベルナーから聞いたところによれば、知力と腕力を鍛えるために最適らしいので、モンスターが出てもおかしくはない。
 すると、ベルナーも同じことを思っていたようで、肩をすくめた。

「いや? 俺がここに来たときは、この森林地帯もしっかりモンスターが出てたぜ。しかも、虫の形した――」
「ストップ。それ以上はやめろ」

 なんだか不穏な気配を感じ取り、ベルナーの話を遮る。
 これまでダンジョンどころか街の外に出てこなかった身からすると、虫は全然敵どころか嫌悪に値するので、やめていただきたい。
 まだ形のないスライムみたいなモンスターとか、明らかに人間とは形が違うゴーレムのようなもののほうが仲良くできそうだ。

「お前のスキルで、発生源でも止めたのか?」
「ううん、そんなことはしてないはずだけど……」

 かぶりを振りながら立ち止まり、俺は考え込む。
 床に埋め込まれた旧文明の遺物は、とくにモンスターとの発生とは関係なさそうだと思っている。とくに回路とか伸びてなかったし。
 うーん、とベルナーと悩む。
 とその時、ちらりと視界に光が映った。

「モモ?」
「ん? なんだぜ?」

 俺の腕から下り、俺たちの後ろをゆっくりトテトテとついてきていたわんこ。
 そのモモの体が――光っている。
 そこまで激しく光り輝いているわけではないけれど、蛍光塗料みたいな感じでぼわっとほのかに光っている。
 白色光だから最初は見間違いかと思ったけど、やっぱり光ってる……

「なんで光ってんだ!?」
「我輩、光ってるんだぜ!?」

 モモは驚愕し、叫びながら自分の体を見ながらくるくるとその場を走り回る。その声音はなんだか嬉しそうだ。

「本当だぜ! 光ってるんだぜ!」
「いや、はしゃいでる場合じゃないって……ん?」

 くるくると回るモモの向こう、光が届ききらない場所の草が揺れる。
 そしてにょきりと、俺よりも一回り大きい芋虫が現れてこちらを見た。目というのか、目っぽいところというのか、そんな触角みたいなのがこちらに向いてうにょうにょしている。
 端的に言って、ちょっとキモイ。

「ひぃっ!!!」
「ありゃ、ここの雑魚モンスターだな。あれくらいなら余裕で倒せる」

 鳥肌がぞわりと立ち、思わず後ろに下がるおれをよそに、ベルナーは楽勝そうに鎌を構えなおす。
 しかし、芋虫はその場でこちらを見続けたまま、微動だにしない。

「モモ、今のうちにこっちに」
「おうだぜ」

 そそくさとモモのもとに駆け寄り、抱き上げてベルナーの後ろに避難する。
 すると、モンスターは草むらから這い出てこちらに向かってきたが、とあるところで再び動きを止めた。
 ベルナーと顔を見合わせる。

「…………もしかして」
「ああ。こいつの光が届く範囲には、雑魚モンスターは寄ってこないらしいな」
「よくやったモモ!! 絶対に俺から離れないで、何があっても絶対に!!!!!」
「き、きついんだぜ~……」

 俺はぎゅっとモモを抱きしめた。
 このダンジョンにいる間はもう絶対に離さない。そう決めた。
 だって、あの虫とか無理だもん。何があっても嫌。

 ひとまず安心して歩みを進め、ベルナーとともに先の道を作り上げる。
 よく観察してみると、どうやら進行方向に作った道の先でも、雑魚モンスターがそそくさモモの光から逃げているようだった。
 本当、モモ様様だ。
 ま、俺の冒険者としての技術は何一切培われないわけなんだけど。


 そうして森林エリアを安全に抜けた俺たちを待っていたのは……灼熱の陽が地面を照らす、オアシスだった。