◆   ◇   ◆

「あーあー、こほん」

 翌日。アンのおかげで何もかも準備が完了していた調整屋を開かないわけにもいかず、俺は魔道具「伝書鳩」を手に声を吹き込んでいた。
 これを前に使ったのは、王国から追い出されるって決まったときに、お客さんたちにお知らせしたときか、と少し懐かしくなる。

 ……相変わらず、あの王子の面を思い出すと殴りたくなるけど。

 伝書鳩を両手で持ち、ぎゅっと握り魔力を籠め、メッセージを送る人数を以前と同じくこれまで来客してくれた全員に設定すると、音声を録音しはじめた。

『いつもカインの調整屋を懇意にしていただき、ありがとうございます。たいへんお待たせしましたが、無事に帝国での営業準備が整いましたので、営業再開させていただきます。王国のころとは異なり不定休になりますが、また機会がありましたらぜひ懇意にしていただければと思います。お店の場所は――』

 ひとまず店の場所とか、営業時間とかを伝えたらまぁ、問題ないだろう。
 録り終えた音声をお客さんたちに送り、ほう、と一息つく。
 そして店の外に出て、扉にかけられた開店中か閉店中かを示す看板に手をかけた瞬間、後ろから懐かしい声が聞こえた。

「カインちゃん!!!!!!」
「リリーさん! おわっ、と」

 ぎゅっと抱きついてきたのは、王国で最後に調整をした、魔術師のリリーだった。
 ちら、と彼女の持つ杖を見ると、王国のときのものとは違って新しいものになっている。ちゃんと変えてくれてよかった。

「待ってたわよ~~~!!! カインちゃんの言う通りに杖を新しくしたんだけど、カインちゃんの調整がまだされてないから不安で不安で……!」
「そう言ってくれてありがとうございます。そしたら中へどうぞ」

 にこりと笑って、俺は扉を開けてリリーを中に案内した。

「いらっしゃいませだぜ!」
「まぁ、しゃべるポメラニアンだなんて。内装は前のお店とあまり変わらないけど、ここもオシャレになったのね!」
「どういたしましてだぜ!」
「オシャレで済むのか……?」

 お店に入ってすぐのところに、モモが姿勢よくお座りをして待ち構えていた。
 別に俺から店番をしてくれと頼んだわけではなく、モモが自発的に「俺も働くんだぜ!」と言って座っているだけだ。
 まぁ、飽きたら2階の居住スペースに戻るだろう。
 リリーはモモの頭を優しく撫でながら、どこからともなく出したお菓子を上げていた。
 ちなみにベルナーは、今日は冒険者ギルドの仕事があるようで、朝早くから出かけて行っている。
 起きたらすでにいなかったが、キッチンに朝食が用意されていてびっくりした。
 冗談だと思ってたんだけど、本当にご飯を作ってくれるとは。

「王国のお店にいたころはあまりお店の中に入らなかったから、なんだかここで調整してもらのは新鮮だわ」
「はは、たしかに。リリーさん、最後のほう急ぎで来ること多かったですもんね」
「きょ、今日はちゃんと時間に余裕があるから!」

 そんな談笑をしながら、ソファにリリーを座らせ、俺は預かった杖を観察する。
 ついでにモモがリリーの分の紅茶を淹れてくれた。

 ……いや、どうやって淹れた?

「まぁ、ありがと! 可愛いだけじゃなくて、優秀なワンちゃんね!」
「ふふんだぜ!」

 そんな会話を耳にしながら、俺は杖を持ち魔力を流した。
 以前のリリーの調整とは違い、今回は支障が出ている箇所の応急処置ではなく、正常な武器の強化だから、全体の回路を調整していく。

 新しい杖は、とても回路が綺麗で無駄がない。
 こういう武器は調整もしやすいから、とても助かる。
 杖から魔法を放つ際の魔力消費を抑えたり、杖自体の耐久性を高めたり……などなど。
 武器を使う人たちが安心かつノンストレスで使えるような調整を施していく。
 数分経たずに処置を終えて目を開くと、リリーはモモと遊んでいた。

「リリーさん、できましたよ。こちらどうぞ」
「早いわね! ありがとう」

 目をみはるリリーだったが、すぐに杖を受け取ると、ぎゅっと杖を握りしめる。
 魔力を注ぎ続けているのか、うーん、と力を込めていたが、すぐに花開くような笑みを浮かべ、楽しそうに話し始めた。

「バッチリよ、カインちゃん! 本当に、カインちゃんの調整はすごいけれど……なんだか前お願いしたときよりも、洗練された感じがするわ」
「そうですか? 俺はいつも通りにやっただけですけど」
「うーん、大きく明確に変わったわけじゃないんだけど、調整してもらう時間もちょっと早くなった気がするし、調整も持ち主しかわからないような細かいところにもっと手が入るようになった気がするの」
「なるほど……」

 もしかしたら、ベルナーとモモとダンジョンをさまよった成果かもしれない。
 とはいえ、1回しか行ってないから、リリーの気のせいという可能性もなくはないが。

「そうだ、リリーさん。この武器って、アゼルのところで買いました?」
「よくわかったわね! そうよ、前カインちゃんにオススメされたから、帝国に来るついでに買ったわ」
「やっぱり。めちゃくちゃ綺麗な回路だったから」

 アゼルというのは、俺がまだ鍛冶見習いをやっていたときの親友だ。
 鍛冶の方面では目が出なかった俺とは違い、アゼルは美しく洗練された強い武器を作ることができる鍛冶屋だ。
 しかもそれに加えて、どんな武器でも素材があれば一瞬で作ることができるというスキルを持っており、帝国の武器屋の界隈では知らないものはいないという。
 ただスキルを使うのはごく稀で、普段は金属をハンマーで叩くなどして、武器を地道に丁寧に作っている。
 伝書鳩を作ってくれたのも、アゼルだ。

「そうだ、カインちゃん。明日友達を連れてきたいの」

 満足そうに杖に頬ずりしていたリリーは、ふと動きを止めてそう話し始める。
 聞くに、伸び悩んでいる同じ魔術師がいるようで、その子の武器を調整してほしいのだとか。
 俺は、ふむ、と考え込む。

「ダメかしら……?」
「いや、全然問題はないんですが。実は明日はここにいないんですよ」
「ここにいない?」

 こてん、とリリーは首を傾げる。
 俺はそばにある棚から一枚チラシを取り出すと、リリーに手渡す。
 そこには『移動調整屋』についてが書かれていた。

「実は、ダンジョンで調整をする、移動調整屋を始めることにしたんです。で、明日以降はダンジョンに潜っちゃうので、もしダンジョンで出会えれば……ってなっちゃって」
「え! カインちゃんがダンジョンに!?」

 目が飛び出してきそうなほど大きく見開くリリーに、頷き応える。
 俺も自分がダンジョンに行く、だなんて言う日が来るとは思っていなかった。でも、そこに旧文明の遺物があるなら……ね?

 そうしてひとまず、リリーの調整を終え、伝書鳩を聞いて訪ねてきてくれた別のお客さんたちの相手をしているうちに、時間は過ぎて、夜になる。
 扉にかかったボードを「閉店」に代えて、明日の準備を始める。

「うわ~……俺、本当にダンジョンに行くんだ……」

 前回のダンジョンは流されまくった結果だったけど、今回は違う。
 まるで旅行にでも行く気分で楽しい気分になって、俺は準備をさっさと済ませてベッドに寝転がったのだった。