この世界にいる人間は、スキルと呼ばれる能力を必ず一つ持つ。
 人並み以上の力が出せる《強力》や、遮蔽物の向こうをも見渡せる《透視》、人間の能力を超える圧倒的な速さで移動できる《超速移動》、魔法をバカスカ撃てる《魔力上昇》などなど。
 多種多様なスキルを持つ人間がいる中で、例外ではなく俺もスキルを持っている。

《調整》

 それは戦士の斧や剣士の剣、猟師の銃、魔術師の杖などの武器や、魔法で動く魔道具に触れることでそのものの状態を知り、さらにその武器や魔道具に良い効果(バフ)や悪い効果(デバフ)を付けることができる、鍛冶スキルだ。
 スキルを使う際に使用する力――魔力を込めてそれらに触れることで、一定時間どんな能力でも付与することができるスキルである。
 ダンジョンを冒険している間、剣の耐久性をかなり上げて壊れにくくしたり、魔術師の杖の効率性をあげて、魔法の威力をあげる手助けをしたり、結界を生成する魔道具の強度を上げて結界強度を強くしたり……と。
 それなりに冒険者界隈の中では有用なスキルだ。
 ……強いて言うなら武器に触れないと能力を発揮しないのと、武器に付与したとて持ち主の技量がなければその効果を実感しづらい、というのはあるかもしれない。

「お前のやっていることは、詐欺だ!!!!!!」
「…………はぁ?」

 目の前に現れた客を見ながら、俺はその後者の欠点を再認識することになった。

   ◇  ◇  ◇

 王都の端のほうでこぢんまりとした武器屋を営む俺――カインは、『武器を作らない武器屋』として少しだけ有名だ。
 たしかに武器は置いてあるが、これは常連客がダンジョンや廃墟などで拾った武器を置いていくだけ。そもそも売り物ではない。
 俺の仕事は武器の状態を調べて、その武器にできる範囲で能力を付与することなのだ。
 武器は作らないがこのスキルがある程度知られているおかげで、俺は今日もこの王都の端っこで無事に生活できている。


「魔法の出力が不安定?」
「そうなのよ……この間ダンジョンに行ってから、ちょっと調子が良くなくて……」

 とある夏の夕暮れ。
 俺が店を開けると、並んで待っていた魔術師の女性、リリーがそう言った。
 彼女が手に持つのは、大人の男性よりも少し大きいサイズの杖。先に青い宝石がつ
いている上級者仕様だ。

「ダンジョンで無茶とかしました?」
「…………」
「正確に答えてくださいね」
「…………しました……」
「それが原因かもしれないですね」

 ちょっと杖を貸してください、と俺が言うと、リリーはしょんぼりと項垂れながら手渡してくれた。
 俺は目を瞑り、杖を水平に持つ。
 少しだけ自身の中から魔力が消える感覚がすると同時に、杖の中にある構造が見えてきた。
 この杖は、杖の表面から魔力を吸い取り、上部にある宝石で魔力を現象に変え発射する構造だ。
 しかし何やら、杖部分と宝石部分を繋ぐ回路がおかしい。
 普通は魔力の通る太い一本の線が見えるはずだが彼女の杖にはそれがなく、細い線が何本も見えている。
 リリーは魔力をたくさん込めて魔法を大量に打つタイプの魔術師だから、回路が疲弊して壊れてしまったのかもしれない。
 目を開けると、リリーが心配そうにこちらを見てくる。

「ど、どう……?」
「おそらく、杖の中の魔術回路が損傷しています。こればっかりは直すことができないので、新しいものに買い替えることをお勧めしますが……」
「あちゃー、やっぱりそう? でも今日からダンジョンに行かなきゃいけないのよ……」
「なるほど……」

 ふう、とため息をつく。
 となると、慣れていない新しい武器で行くより、慣れ親しんだ武器を強化して行くほうがよいかもしれない。
 俺は再び目をつむり、杖に魔力を込める。
 そして、杖内部の細い線の耐久を強化していった。
 ぐぐぐっと体から先ほどよりも多くの魔力が消えていく感覚があり、魔術回路の細い線が少しだけ太くなる。ある程度まで太くなったのを確認してから、俺は目を開けて杖を彼女に戻した。

「これで、ダンジョンの冒険一回は耐えると思います。ただ応急処置ですから、戻ってきたらすぐに新しい武器に替えてくださいね」
「ありがと~! さすがカインちゃんね」
「ちゃん付けはやめてくださいよ……あ、お店の裏庭で試し打ちしてから行ってくださいね」
「りょ~かい、お代はここに置いておくわね~!」

 リリーは手をひらひらと振って、さっさと店から出ていく。少しして、裏手でドコンバコンと大きな音が聞こえてきたから、きっと無事に武器が使えているのだろう。

「さて、と」
 そんな攻撃音をバックに、俺は店の外に出てうーんと一つ伸びをした。
 空を見ると、もう夕方。
 基本的に冒険者たちが来るのは朝か昼が多く、夕方以降はあまり来ない。時折緊急で夜に来ることはあれど、本当にごく稀。そのときは

「そろそろ閉めるかぁ」

 そう思い軒先に置かれた、客たちが置いていった武器を仕舞っていると、この辺りには似つかわしくない大声が聞こえてきた。

「見つけたぞ、貴様ぁっ!!!!」
「……は?」

 振り向くと視界に入ったのは、王都の端にしてはたいそう華美な服装。そして後ろには騎士の甲冑を身にまとった男たちが数人。
 中央にいる男はサラサラとした金髪に汚れの一切ない貴族服。しかし吊り上がった眉に眉間刻まれた深い皺。わなわなと震える肩から察するに怒っているのだろう。
 そんな怒られることしたっけな……
 そう思っていると、その怒り顔の見覚えが出てきた。

「あ、この間の第三王子ですか」
「貴様、私のことを忘れていたというのか!!! 不敬なやつめ!!!!」

 うるさいな。こいつ。
 俺はキャンキャン喚く第三王子を横目に店じまいを進めていった。
 この第三王子はつい一か月前、俺の店に来てはたいそうやかましく注文してきた人物だ。
 やれ「私の武器を世界一強い硬さにしてほしい」だ、やれ「見た目は麗しくなくてはいけない」だ。
 しかし、俺の店はそういった鍛冶から行う店ではない。
 その時はっきりとお断りして追い返したのだが、翌日に改めてやってきたのだ。

『この私の華麗なる武器に、恩恵を与える権利をやろう』
『はぁ……』

 お金をもらえれば仕事はするのだが、こともあろうにこいつ『第三王子たる私の武器に恩恵を与えるのだぞ、タダどころか布施をもらってもいいくらいだ』とか言いやがった。

『こちらも商売ですから、無料では行いません。どうぞお引き取りを』
『こ、この不敬な野郎が!!!!!!』

 そして引き取ってもらったものの、連日現れては営業妨害をするものだから、仕方なく調整スキルをかけてあげた気がする。
 もちろん、王城に請求書を送っておいたから、作業費はしっかりともらった。
 見た目だけ華美なへっぽこ剣を壊さない程度、かつ、使用者の技量にあうように調整を施して、満足して帰っていったはずなのだが……

「貴様! 手を止めて聞け!!!!」
「いったいなんなんですか……」

 きっと満足いかなかったのだろう。
 何せ武器をどれほど強くしたところで、術者の技量が間に合ってなきゃ、この調整スキルは実感しにくいのだから。
 第三王子は唾を飛ばしながら叫ぶ。

「貴様のせいで、私はダンジョンで痛い目にあったのだぞ!!」
「はぁ」
「三回振るっただけで剣は折れるわ、ぬかるみに足をとられて動けなくなるわ、そのうちにシーフキャットに金だのなんだのをすべて盗られるわ」
「最初の一つ以外は俺関係ないじゃないですか」
「ええい、うるさいうるさい!!!!!!!」

 反抗期の幼児か?
 まるで駄々を捏ねるようにイヤイヤと喚く第三王子を前に、俺は止めた手を再び動かす。こいつらにまともに対応していたら、時間がいくらあっても足りない。

「いいですか、そもそもあの剣は耐久性がほぼゼロだという話はしましたよね」
「あ、あぁ……」
「だから無理やり使うなとも言いましたし、そもそもこの剣以外のスペアの剣を持っていけとも再三忠告したはずです」
「ぐぬぬ……」
「大体、いま遠目から見ただけでも散々な使い方をしたんでしょう。シーフキャットということは南にあるダンジョンでしょうから、そこでアイアンタートルの外殻に無理くり剣をぶつけたんじゃないんですか。そりゃ三回も当てりゃ壊れますよ、この剣じゃなくてもね」
「…………」

 俺がため息交じりに話すと、第三王子の勇姿はすぐにかき消えていき、ついには一言も話さなくなった。
 おそらく図星なのだろう。
 よく見ると目じりにキラキラと雫が見える。
 ……え、泣いてんの?
 さすがに自分の分が悪くなるなり泣き始めるってのは、ちょっとこちらに罪悪感を抱かせるからやめていただきたいな。
 そんなことを思っていると、すんと鼻水を啜った第三王子は、何かの紙を後ろにいた騎士からもらうとこちらに見せつけてきた。

「これは貴様の店の営業停止令状だ!!!!」

 ……さすがにそこまで行くと話が変わってくる。
 少なからずこの店には思い入れがあるし、この店の常連客さんはたくさんいる。急に営業停止になってしまうと迷惑がかかってしまう。

「その理由は?」
「そんなもん決まっているだろう、お前が罪を働いたからだ!!!」

 罪?
 思い当たる節がなくて首を傾げると、第三王子はにやりと口角をあげた。

「お前のやっていることは、詐欺だ!!!!!!」
「…………はぁ?」
「調整とか言って何もしていないくせに金をふんだくっている、どう考えても詐欺に決まっている!!」

 ……俺は頭を抱えてしまった。
 この調整スキルは、武器こそ強くはなれど、その実感は使用者によるところが多い。
 可能なかぎりどれだけ剣を強くしても、使用者が無茶な使い方をすれば壊れるし、調整の恩恵を無駄にするのだ。

(こういうど素人だとなおさら、ね……)

 俺はうんざりしながら右のこめかみに手を当てて、第三王子の持つ令状とやらを見つめた。
 たしかにそれは本物のようで、羊皮紙に『営業停止令状』と書かれ、下には王族のサインまで書かれている。
 ぐっちゃぐちゃなサインで風格も何もないが、書いてある名前から察するにこれを書いたのは第三王子――つまり目の前にいる人物だ。

「なるほど、ご自身で令状を発行された、と」
「ふはは、これが王族たる特権だからな!」
「ずいぶんとお忙しいお仕事をされているのですね」
「まぁな、これでも王族の一員というわけだ」

 皮肉はどうやら通じないようだ。
 俺はこめかみから手を離し、ため息をついた。
 ここ王都では商いをするのに王家の了承が必要になる。
 王都の品位を保つためとか、王族の権威を象徴するためだとか言っていたが、別に興味がなかったのでそのあたりは覚えていない。
 ただ王族の名前のもとに営業停止令状を出されてしまうと、営業ができなくなってしまう、というのはわかる。アホに権力を持たせるとこうなる、というのは理解できなかったのか、この制度を作ったやつめ。
 しかもあの野郎、令状に「王都での営業を無期限停止する」とか書きやがった。
 つまり俺が商いをするためには、王都以外の街へ移動して再び一からやり直さないといけない、というわけだ。

「まだこれだけでは終わらんぞ!」
「なんなんですか……ったく……」

 頭痛がどんどんひどくなっていくようだ。

「貴様には罪状を発行した」

 そういえばさっき罪とか言ってたもんな。
 ただもしかして、こっちの言い分とか一切聞かないでいろいろ進める気なのか?

「見よ! 貴様はこの王国から追放だ!」
「……うわぁ」

 第三王子が手にしたのは、先ほどとはまた違った羊皮紙。罪状と書かれたそこにはたしかに『王国追放』と書かれている。
 このアホ、もしかして罪状と判決の区別がついていないのか。

「……その罪状の根拠は?」
「先ほども言っただろう! 貴様が調整などと言って私から金をふんだくり、私を貶めたからだ!」

 おい誰だよ、こんなアホに権力を持たせたやつ!
 ほとほとに呆れてため息をつくと、おれが悲しんでショックを受けているとでも思ったのか、第三王子は意地悪そうな表情でニタリと微笑んだ。

「しかし条件がある」
「条件?」
「今ここで土下座で謝罪をし、私の配下として無償で働くというのなら、この令状と罪状は破棄してやってもいい」

 第三王子は、ふふん、と言わんばかりに、その筋肉のかけらもついていない胸を目いっぱい反る。

「どうだ! 一時の恥と今後の無償労働さえ受け入れさえすれば、この王都にいることは許してや――」
「いえ、結構です。ではすぐに王国を出ますんで」
「…………へ?」

 俺は愉悦に浸る第三王子を遮り、とっととお店の中に戻った。
 外でアホが数秒アホ面を晒したのちにギャンギャン喚いていたようだが、それを無視して国を出る準備を始める。
 ついでに第三王子とその後ろにいた護衛の人たちが入ってこられないように、市販の侵入者撃退用の罠をスキルで強化しておいた。
 いまあいつらが入ったら、敷地に入ろうとした時点で体が麻痺するくらいの電撃を受けることだろう。

『んぎゃぁあぁああああああっ!!』

 遠くから聞こえる断末魔を聞くに、もしかしたらもう受けているかもしれない。
 でも、まぁそれは無視でいいや。
 さて王国脱出準備へと戻る。
 荷物はさほどないので、既存客へのフォローアップだけだ。さすがに連絡もなく突然いなくなってしまうと、俺の店主としての信頼が落ちてしまう。
 ひとまず俺は書斎に戻り、無くしてはいけない書類をすべてバッグにぶち込む。

「えーと……とりあえずこれも持ってくか」

 バッグの中に空間魔法を使用して内容量を大きくした、アイテムバッグ。
 こいつも調整スキルで魔法をバッグの繋がりを強化させておいたので、そんじょそこらで買ったバッグとは思えない内容量になっている。
 少なくとも、子供の小遣い程度で超高級高性能バッグを買えた感じだ。
 ついでに親友に作ってもらった魔道具である『伝書鳩』に魔力を込める。
 木彫りの鳩のような形をしたそれは、今は隣国に拠点を構える鍛冶見習いのときの親友に作ってもらった魔道具だ。魔力を込めてメッセージを入れると、特定の相手にメッセージが届くようになっている。
 魔力を使えば使うほど、送るメッセージの量や送る人数を増やすことができるのだが、そもそもこちらからの一方的な連絡にしか使えないので、普段はアイテムの引き取り忘れの連絡だったり、緊急事態だったりにしかつかうことはない。
 まぁ、今はそれなりの緊急事態なわけだけども。

「こほん、あーあー」

 俺は伝書鳩を両手で持ち、咳払いをする。
 そしてぎゅっと魔力を込めると、メッセージの送る人数をこれまで来客した全員……数千人に設定する。
 普通なら数千人にメッセージを送ろうものなら一瞬で魔力切れを起こして倒れてしまうが、調整スキルで極限まで燃費をよくしたので、こんな芸当もできるというわけだ。

『いつもカインの調整屋を懇意にしていただき、ありがとうございます。このたび第三王子の素敵なお誘いで王国にいられなくなってしまったので、店を閉めることになりました。先行きは未定ですが、ひとまず隣の帝国のほうに移動しますので、御用の際は帝国までお越しください。今まで王都のお店をご愛顧いただきありがとうございました』

 まぁ、こんなもんでいいだろう。
 録った音声を伝書鳩に通すと、伝書鳩がパタパタと羽ばたく。少しの間羽ばたき、動きが止まれば送信完了だ。

「カインちゃん! 帝国に行くって、本当なの!?」
 送信完了するやいなや、店の入り口のほうから大きな声が聞こえた。
 先ほど杖を直した魔術師、リリーだ。
 さっきからずっと裏庭のほうから凄まじい音が聞こえていたが、途中から聞こえなくなっていたからもう帰ったものだと思っていた。
 それに、たしか以前に結界を設定して、敵意を向けていない客には危害を与えないようにしたから、どこぞの誰かさんみたいに電撃を浴びていないのだろう。
 俺が店のほうに戻ると、リリーは目尻に涙を浮かべながらこちらを見つめていた。
 その後ろには――やはりと言っていいのだろうか――入り口で倒れる第三王子が見える。ぷすぷすと焦げていて煙が出ていた。

「カインちゃん、本当に帝国に行っちゃうの!?」
「ええ。そこで倒れてる人に、王国追放処分を言い渡されてしまいまして」
「まぁ!」

 リリーはたいそう驚いたような表情をすると、一瞬眉根を寄せて、ゲシゲシと第三王子に蹴りを入れていた。
 大丈夫かそれ、不敬罪もんだろ。
「思い入れがあるお店なのでちょっと寂しいですが、これを機に環境を変えてやってみようと思います」

「カインちゃん……! すぐに手助けできないのがほんとに惜しいんだけど、助けが必要だったらいつでも呼んでね!!!!」

 目尻に溜まった涙を拭って微笑むリリー。
 しかし相変わらず足でゲシゲシ第三王子を蹴っている。そろそろ辞めたれ。


 そうして俺は、リリーの暴挙をなんとか宥めつつ店にあった重要物をアイテムバッグに収納し終える。
 とんとん拍子に誰かが持ち込んだ武器なんかの処遇も決まり、帝国へ向かう準備も整った。
 帝国までは歩きで20日程度かかる長旅になる。
 しかも道中はあまり治安がよくなく、オークやゴブリンといった魔物だけでなく野盗も出るらしいから、街道のギルドで傭兵を雇わないといけない。
 この商いのおかげで貯蓄はそれなりにあるから、帝国までは全然間に合いそうで助かった。
 そうしてすべての準備を終えた俺は、荷物を持って店から出る。
 いまだ地面に転がり意識を飛ばす第三王子たちを尻目に、掲げていた看板を見上げる。

『調整屋、カインの店』

 さほど長くないとはいえ、成人した16歳から7年ほどこの店を営業していたから、寂しさが募る。
 しかもその理由が、この地面に寝転がってるアホ王子のせい。

「…………やっても、バチは当たらないよな」

 俺は先ほどリリーがやっていたように、ゲシゲシと第三王子のケツに蹴りを数回入れておいた。

「ゴフッ」とか「き、貴様っ、ガハッ」とか聞こえたけど、たぶん幻聴だろう。