その後俺は、苦手なボウリングで最低スコアを叩き出した。大して悔しくもないのに先輩から無駄に励まされ、ハヤトたちには「小学生レベルじゃん」と笑われて散々だった。

 ラウンドワンを出て居酒屋に入る頃には六時を迎えていた。
 当初の予定にあった合宿の部屋決めも結局せず、開催されたのはただの飲み会。先輩の就活の苦労話を聞かされたあげく、先輩の奢りで飲むだけで終わった。

 居酒屋を出たのは十時過ぎだ。
 なんで俺、こんなことしてんだろ。酔っぱらってクラクラする頭で虚しくなった。本当は今日、黒沼のバイト先に行って試作のカクテルを飲ませてもらう予定だった。なのになんで俺は、ハヤトたちに流されるままいつもの居酒屋で飲んでいるんだ?
 黒沼への罪悪感で気分が沈む。黒沼に合わせる顔がない。酔った頭でも、黒沼への申し訳なさだけはしっかり冷えた温度でそこに残っていた。
 ハヤトたちと先輩は、これから先輩の家で宅飲みするらしい。
「伊澄は帰っていいよ」
 ハヤトに言われ、いつもならちょっと寂しい気持ちになるところも今日は違った。
 今ならまだ間に合うかな。俺は黒沼のバイト先を目指して走り出した。

 店の前に到着すると、ちょうど店内から女性二人組が帰る頃だった。
 そりゃそうだよな。もうとっくにオープンしている時間だ。他のお客さんが出入りしていて当然だ。
 店のドアが閉まる寸前、扉の向こうから「気をつけてお帰りください」という女性の声がする。女性店長の声だ。
 二人組の女性客を見送ったあと、閉まりかけの扉の隙間から俺は「すみません」と声を投げた。少し開いた状態でドアの動きが止まる。
「あれ、ショウ君のお友達?」
 再び扉が開き、出迎えてくれたのはあの女性店長さんだった。
 友達……って言ったら向こうは怒るかな。でも今は関係性を表す言葉が思いつかない。店長さんには友達ってことにさせてもらおう。
「は、はい。あの、黒沼はいますか?」
「うん。いるよ。座るならショウ君の前がいいよね?」
 店長さんは俺が飲んでいくと思っているらしい。俺としては今夜飲んでいくことは考えていなかった。今日は謝りたくて来ただけだ。黒沼に一目会って、ごめんなさいを言いたいだけなのだ。
「あーでもごめんね。ちょっと今混んでて、ショウ君の前空いてないみたい」
 店長さんは残念そうに店内を見やった。
「いいんです。今日は黒沼に伝えたいことがあったから来ただけで」
「そうなんだ。わざわざ来てくれたのにごめんね。よかったら私から伝えておこうか?」
 一瞬迷った。お互い連絡先も知らないのだ。今週は俺の都合でここに来ることができないし、学校でもいつ会えるかわからない。
 俺が黒沼に悪いことをしたと感じていること。謝りたいこと。それらを軽くでも店長さんから伝えてもらうのも、アリなんじゃないか。早く伝えた方がいいんじゃないか。そう思った。

 でも。

 ――自分のミスを他人でカバーしようとするのはやめた方がいいと思う。

 以前黒沼に言われた言葉が頭をよぎる。
 これは自分で蒔いた種。自分のミスだ。店長さんから謝罪を伝えてもらうのは、違う気がした。
 俺は首を横に振って、頭から迷いを振り落とす。
「いえ、大丈夫です。自分で言わなきゃ、また黒沼に幻滅されちゃいそうだから」
 そう言って、俺は「突然すみませんでした」と店長さんにペコッと頭を下げた。
 今週学校で会えなかったら、来週またここに来よう。
 俺は後ろ髪を引かれる思いで、黒沼のバイト先を後にした。