その後、傘を持っていなかった俺はどしゃ降りの中をトボトボと歩いて帰った。走って帰ったところで無駄な大雨だったが、さすがにゆっくりと歩いて帰る人はいなかった。

 帰宅し、濡れた体もそのままに洗面所へと向かう。シャワー室には電気が点いていて、仕事帰りの琴音の鼻歌が聞こえてきた。

 もう今日はいっか……。

 タオルで体を拭き、部屋着に着替えて自分の部屋へと戻る。
 ベッドに潜り込むと、自分から安い居酒屋の匂いがした。
 何も考えたくない。今日あったことは全部夢だったと思いたい。忘れたい。時間を今日の昼に巻き戻したい――。
 どれも叶わない願いだ。そして自分のことしか考えていない願いだ。

 自己嫌悪で消えたくなる。黒沼を傷つけてしまったことを思い返しては、自分を責めた。

 ――好きなやつが雑に扱われてるんだぞ。

 黒沼の言葉を思い出すと、涙が出てきた。

『好きなやつ』

 こんな形で黒沼に言わせてしまうなんて。

 本当はずっとどこかでわかっていた。黒沼が俺のことを特別な存在だと思ってくれているんじゃないかって。
 でも俺は見ない振りをしていた。自分が傷付きたくなかったからだ。最低だ。弱虫だ。

 好きだ好きだと想いを募らせていても、言葉にも行動にも移さなかった。俺じゃ無理だと、黒沼には釣り合わないと一人勝手に諦めていた。

 ――俺の口から言わせて。

 黒沼がそう言ってくれた時、甘えて待ちの姿勢になるべきじゃなかった。本当はあの時に俺から言えばよかったんだ。

 俺はベッドにくるまりながら、ぎゅっと目を閉じる。
 初めて会った時の地味系男子の黒沼。カウンターの中で立つバーテンダー姿の黒沼。恥ずかしそうに笑う口も、子どもみたいに怒っている眉も、優しくこちらを見つめる目も……全部が俺の好きな黒沼なのだ。

 それだけできっと、俺には権利があった。黒沼に「好き」って言う権利があったんだ。
 その夜、俺は心に決めた。

 次に黒沼と会えた時、告白しよう、と。