もう二度と酒なんか飲まない。
一昨日の朝、俺ーー花川伊澄はたしかにそう誓った。忘れていたわけじゃなかった。現に昨日の夕方まで、もう二度と飲まないと本気で思っていたんだ。
「うわっ、ちょっと伊澄、あんた超酒クサいんだけど!」
姉の琴音がリビングに入ってきた瞬間、ソファで牛乳を飲んでいた俺を見るなり鼻をつまんだ。新社会人になる前に黒く染め直したストレートヘアは、毛先の色が早速抜けはじめている。
「やっぱ俺、酒くさい?」
「臭いどころじゃねーわ。なんでこっちまで臭ってくんの? さっさとシャワー浴びてきて」
「えー、ちゃんと浴びたんだけどな……」
「いつよ?」
「さっき。朝起きてすぐ」
「は? それで? じゃあもう消臭剤飲んだ方がいいんじゃない?」
「いや消臭剤はさすがに……」
飲めないだろう。メーカーの注意事項に、きっと飲むなって書いてあるだろうし。
「てかあんた今年から三年生でしょ。単位大丈夫なの? ママが心配してたよ」
「それはその~……今年度から頑張る?っていうか」
「はあ? 世の中舐め腐ってんな」
卒業までに取らなくちゃいけない単位数が十だとしたら、二年生終了時までに俺が取得した単位はギリギリ三あるかないか。そのくせ飲み会には朝まで参加しているのだ。舐め腐ってると言われても仕方がない。俺はぐうの音も出なかった。
朝から現実と毒舌を炸裂してくる姉から離れ、俺は洗面所にのそのそと移動した。家の中をたった数メートル移動しただけで気持ち悪い。胃の底から吐き気がこみ上げてくる。
鏡の前に立った俺はたしかに酷いありさまだった。奥二重の下にくっきりと浮かんだどす黒いクマ。白くむくんだ頬。乾燥して皮がめくれた薄い唇。
色素の薄い髪はただでさえ細くて絡まりやすいのに、今朝は手の施しようがないほど絡まっている。これは昨日シャワーのあとにドライヤーをかけ忘れたせいだろう。
悪い意味でパッとしない顔が、悪い意味で目立っている。最悪じゃん……人前にさらしていいの? これ。
そんな俺を現実に引き戻したのは、スマホのアラーム音だ。昨日の夜寝る直前、家を出たい時間にアラームが鳴るよう設定したのだ。
「やばっ、もうそんな時間か」
洗濯機の上に置いていたスマホに手を伸ばし、アラーム音を切る。
顔をジャバッと洗い、水で適当に髪をセットする。どうせ誰も俺のことなんて見ていない。身だしなみを整えるのは、こんなもんでいいだろう。
リュックを後ろへと投げるように背負い、俺は急いで家を飛び出した。
一昨日の朝、俺ーー花川伊澄はたしかにそう誓った。忘れていたわけじゃなかった。現に昨日の夕方まで、もう二度と飲まないと本気で思っていたんだ。
「うわっ、ちょっと伊澄、あんた超酒クサいんだけど!」
姉の琴音がリビングに入ってきた瞬間、ソファで牛乳を飲んでいた俺を見るなり鼻をつまんだ。新社会人になる前に黒く染め直したストレートヘアは、毛先の色が早速抜けはじめている。
「やっぱ俺、酒くさい?」
「臭いどころじゃねーわ。なんでこっちまで臭ってくんの? さっさとシャワー浴びてきて」
「えー、ちゃんと浴びたんだけどな……」
「いつよ?」
「さっき。朝起きてすぐ」
「は? それで? じゃあもう消臭剤飲んだ方がいいんじゃない?」
「いや消臭剤はさすがに……」
飲めないだろう。メーカーの注意事項に、きっと飲むなって書いてあるだろうし。
「てかあんた今年から三年生でしょ。単位大丈夫なの? ママが心配してたよ」
「それはその~……今年度から頑張る?っていうか」
「はあ? 世の中舐め腐ってんな」
卒業までに取らなくちゃいけない単位数が十だとしたら、二年生終了時までに俺が取得した単位はギリギリ三あるかないか。そのくせ飲み会には朝まで参加しているのだ。舐め腐ってると言われても仕方がない。俺はぐうの音も出なかった。
朝から現実と毒舌を炸裂してくる姉から離れ、俺は洗面所にのそのそと移動した。家の中をたった数メートル移動しただけで気持ち悪い。胃の底から吐き気がこみ上げてくる。
鏡の前に立った俺はたしかに酷いありさまだった。奥二重の下にくっきりと浮かんだどす黒いクマ。白くむくんだ頬。乾燥して皮がめくれた薄い唇。
色素の薄い髪はただでさえ細くて絡まりやすいのに、今朝は手の施しようがないほど絡まっている。これは昨日シャワーのあとにドライヤーをかけ忘れたせいだろう。
悪い意味でパッとしない顔が、悪い意味で目立っている。最悪じゃん……人前にさらしていいの? これ。
そんな俺を現実に引き戻したのは、スマホのアラーム音だ。昨日の夜寝る直前、家を出たい時間にアラームが鳴るよう設定したのだ。
「やばっ、もうそんな時間か」
洗濯機の上に置いていたスマホに手を伸ばし、アラーム音を切る。
顔をジャバッと洗い、水で適当に髪をセットする。どうせ誰も俺のことなんて見ていない。身だしなみを整えるのは、こんなもんでいいだろう。
リュックを後ろへと投げるように背負い、俺は急いで家を飛び出した。
