「えー、なに。碧人、本気で書いてんの!?」
「……」
休み時間、俺は珍しく真面目に紙と向き合っていた。
篠原先生のことを「バカ真面目」と笑ったけど、俺も大概バカ真面目だと思う。
……まあ、過去のことは置いといて。
「なんかさ、先生の目が怖くて」
「目?」
「……無視できないなって、思ってさ」
「どゆこと?」
「……」
明日、休校。つまり教師たちも休みだろう。
でも篠原先生は「明日の朝に提出しろ」と言った。
つまり——先生も学校に来るってことだ。
それがわかってしまったから、俺も無視できなくなった。
とはいえ。
「……だけどさ」
テーマがテーマなだけに、ペンはまったく進まない。『生と死』——『人生』より重たいって、なんなんだよ。
簡単に書けるわけがない。
「生と死……生きる、死ぬ……んーーーー」
ペンを置いて、天井を見つめる。
どれだけ考えても、やはり何も浮かばなかった。
◇
帰りのショートホームルームで、篠原先生がテレビをつけた。
今朝とは打って変わって、どのチャンネルも、彗星衝突のニュース一色になっていた。
アナウンサーも芸能人も、みんな動揺を隠せていない。
テレビ越しの焦燥感に、半信半疑だったクラスメイトたちも色を変え始めた。
明日が休校だという事実も相まって、教室には妙な緊張感が漂う。
画面の中では、巨大彗星に関する情報が淡々と語られていた。
NASAが何年も前から動いていたこと。
民間企業と協力して対策を試みていたこと。
でも、どれもうまくいかなかったということ。
そして——今回の彗星は、約6,600万年前の恐竜絶滅クラスどころか、それを遥かに超える規模だと、アナウンサーが淡々と伝える。
テレビには、恐竜のイラストが大きく映し出されていた。
「……ありえねぇ」
もう、映像すら見たくないと思った。
俺は顔を伏せ、両耳を両手で塞ぐ。
もう、聞きたくなかった。聞いてしまえば、認めてしまいそうだったから。
◇
放課後の教室は、なんとも言えない雰囲気だった。
泣き出すやつ。固く抱き合うやつ。
いつも以上に声を張り上げて笑いあうやつ。みんながそれぞれの感情と向き合っていた。
先生たちは部活の中止を決めて、教室の使用を自由にした。
〝最後の時間〟を、それぞれが好きに過ごせるように。生徒たちへの配慮だった。
——これで彗星衝突がなかったことになれば面白いのに。
そんなしょうもないことを思いながら、俺は迷わず図書室に向かった。
ひとり、レポートを書き上げるために。
図書室には誰もいなかった。窓際の机に座ると、遠くで風が木を揺らす音が聞こえた。時間だけが、まるで何事もないかのように流れている。
ほんとうは、そんなことしてる場合ではないのかもしれない。
みんなみたいに、大切な時間を人と過ごすべきかもしれない。
でも、書かなければならないと思った。
どうしても書ききらなければいけない気がした。
——何度も、何度も、篠原先生の顔が浮かぶ。
「んああああっ、くそっ!」
いつもみたいに、課題なんてなかったことにすればいいのに。
それなのに、どうしてもあの真顔が、俺の脳裏に焼き付いて離れない。胸のうちが重くて、なんだかどんよりする。
とにかくレポートを書かなければならないという思いで、頭もいっぱいだった。



