世界が終わる、と告げるニュースは、やけに味気なくて、拍子抜けするほど淡々としていた。
リビングのテレビでは、青い地球の映像とともに『巨大彗星が接近中です。JAXAによると衝突の回避はできないとのことで、24時間後、地球は滅亡します』と言っていたのだ。
母さんは洗濯物を干していて、父さんは出勤のため、ちょうど車に乗り込んだところだった。
ニュースを一緒に観ていた弟は、本棚から天体図鑑を取り出し、妹は「ちきゅうー!!」と無邪気に笑っている。
誰も『地球が滅亡する』の部分には触れなかった。
テレビの中では、もう次の話題にうつっている。
政治家の汚職問題について、街中インタビューを挟みながら、事件の時系列を解説していた。
窓の外では、桜が静かに散っていた。
すこしだけ開いた窓から、春の匂いがふわりと漂ってくる。
まるで何事もなかったかのように、昨日と変わらぬ朝を迎えていた。
世界が終わるというには、あまりにも穏やかすぎる日だった。
俺は、ソファに投げかけていた制服を拾い上げ、いつも通り腕を通す。
——地球がなくなるなら、学校行かなくてもよくない?
ふいにそんな思いがよぎるが、当たり前のように身支度を済ませる。
地球が滅亡という言葉すら理解できないのに、どこか冷静に受け入れている自分もいて、自分のことが自分でもよくわからない。
母さんは相変わらず洗濯物を干している。
そんな当たり前の光景にすこしだけ違和感を覚えながら、俺は家を出発した。
◇
学校までの道は、いつもと変わらなかった。
ただ、すれ違う人たちの顔には、すこしだけ影がさしているようにも見える。
スマホの画面を見つめながら歩く男子高校生。
バス停の前で、黙ったまま空を見上げているおばあさん。
どれも昨日もあった光景のはずなのに、今日は妙に引っかかる。
地球が滅亡するという言葉が原因なのか。
その答えは、俺の中からは出てこない。
校門の前には、担任教師の篠原遼が立っていた。
朝の挨拶をしながら、生徒ひとりひとりの服装をさりげなくチェックをしている。
俺が先生の前を通りかかると、案の定、呼び止められた。
「……待て、佐原。第2ボタンまでならまだしも、4つは開けすぎだろ」
「え、バレた?」
「バレバレだろ、バカタレ」
先生は腕を伸ばし、俺の頭に向かって振り下ろす。
痛みを生まないその行動に、俺はちょっと肩をすくめて笑った。
「てか先生、ニュース観た?」
「……」
「みんな24時間後に死ぬのだから、そんなバカ真面目に服装チェックなんてしなくてもよくない?」
「……誰がバカ真面目だ」
「え、篠原センセーのこと」
俺は制服のボタンを留めながら、ひとりゆっくりと校門をくぐる。
すると、桜の花びらが風に乗り、1枚ほど風に乗って肩に落ちた。
学校は、春の匂いに包まれていた。



