まさか、結婚式と披露宴を用意してくれているとは思わなかったが、それで終わりではなかった。ホテルの最上階のスイートルームを用意してくれていたのだ。

 ベッドの上には花が敷き詰められていた。
 ハイビスカスだった。
 テーブルの上には写真が飾られていた。
 一つは、美容院がオープンした時に撮った全員の集合写真だった。
 もう一つは、大学院時代に撮った4人の写真だった。
 そして、その横には色紙が置いてあった。美容師とアシスタント全員、富士澤、神山、西園寺、宮国が温かい言葉を綴ってくれていた。
 それだけではなかった。直角教授とQOL薬品の社長、東京美容支援開発の担当者のものまであった。その一つ一つに目を通していると、また涙が止まらなくなった。
 
        *

「こんなに幸せでいいのかしら」

 先程のことを思い出しているようで、夢丘はまた涙声になった。

「本当にありがたいよね。感謝してもしきれないよね」

 一人一人の顔を思い浮かべると、またグッときた。
 どれだけ助けられてきたか、
 どれだけ勇気をもらってきたか、
 どれだけ励まされてきたか、
 かけがえのない人たちに恵まれて、本当にありがたかった。

 でも、それ以上に感謝しなければいけない人がわたしにはいた。
 夢丘だ。
 彼女と出会わなかったら、
 彼女と付き合わなかったら、
 彼女がプロポーズを受け入れてくれなかったら、
 こんな幸せな瞬間を味わうことはできなかった。
 わたしは今までなかなか言えなかった彼女への感謝を口にした。

「君と出会ったおかげで人生が変わった。君と一緒に仕事を始めた時、夢じゃないかと頬を抓った。一生のパートナーとしてわたしを選んでくれた時には天にも昇る気持ちになった。でも、時々これは本当に現実なのか、ある日パッと消えてしまうんじゃないか、と不安になる時があった。それくらいわたしにとって現実離れしたことだった。もし君と出会わなかったらと思うと、ぞっとする。こんなに前向きに、こんなに生き生きと毎日を送れるのは君のお陰なんだ。世界中の感謝の言葉を集めて君に贈りたい。それでも足りないけど、毎日毎日贈り続けたい。死ぬまでありがとうと言い続けたい」

 すると、わたしの顔をじっと見ていた彼女の目に涙が溢れた。

「私こそ……、あなたの……」

 絞り出すような声が届いたが、それを嗚咽(おえつ)が覆った。わたしはたまらなくなって彼女を抱きしめ、唇を合わせた。すると、初めて抱き合った時のことが蘇ってきた。あの時の感激が蘇ってきた。

「ありがとう」

 そしてまた唇を合わせ、そのままの状態でもう一度呟いた。

「本当にありがとう」