ボーっとしている間にディスカッションが終わっていた。ハッとして見渡すと、既に多くの受講生が退室していた。わたしは資料をバッグに仕舞って、急いで出口に向かった。

 教室を出たところで教授に呼び止められた。

「少し話さないか」

 頷いて、あとに付いていくと、教授室に招かれた。初めてなので緊張して突っ立っていると、ソファを勧められた。座ってキョロキョロしていると、目鼻立ちの整ったステキな女性が隣の部屋から現れた。秘書だと紹介された。タイトな膝上スカートから出た真っすぐな足に見惚(みとれ)れそうになったが、イヤラシイ人だと思われたら嫌なので、すぐに目を逸らした。すると、彼女はテーブルの上にコーヒーカップを置いて、会釈ののち、背を向けた。
 わたしは後姿に向かって僅かに頭を下げてから、角砂糖を一つ入れて、ゆっくりとかき混ぜた。口に運ぶと、その甘さが消耗した心と体を癒してくれた。それで緊張が解けたが、教授の声がそれを驚きに変えた。

「知り合いの教授がQOL薬品の社外取締役をしていてね、君の話を彼に伝えることにしたよ」

 声を返せなかった。余りにも思いがけないことだったので、何を言えばいいのかわからなかった。それでも、ありがたい話であることは事実だった。会社から無視された提案であっても、実現できたら嬉しいに決まっている。既に会社を辞めた身ではあるが、20年近く働いた会社に恨みがあるわけではない。もしなんらかの役に立つのであれば、それは嬉しいことなのだ。

「ありがとうございます。よろしくお願い致します」

 頭を下げて教授室を辞した。