その週の日曜日、気合を入れるために美容室へ向かった。夢丘の顔を見れば力が湧いてくると思ったからだ。

「大学院は、どうですか?」

 シャンプーをしながら夢丘愛乃が話しかけてきた。

「もう大変。難しい講義が一日中続くし、宿題は多いし、ディスカッションの準備もあるし」

「ディスカッション、ですか」

「そう。テーマを決めて受講生全員で喧々諤々(けんけんがくがく)意見を述べ合うんだけど、レベルが高くて、ついていくのが大変」

「そうですか……」

 そこで声が消えて、黙々とシャンプーを洗い流し、コンディショナーを施し、頭皮マッサージが始まった。
 わたしは気持ち良くなってほわ~んとしていたが、手を動かしながらも彼女は「そのテーマって」と興味深そうに訊いてきた。

「うん、与えられたテーマは付加価値なんだ」

「付加価値、ですか?」

「そう。独自価値と言い換えてもいいのだけど、要は競合会社に比べてどれだけ差別化できるものを持っているか、ということを話し合っているんだ」

「そうですか、差別化ですか……」

 温かいタオルを首の下に挟みながら独り言のように呟いたが、続けて、「うちの美容室にその付加価値はあるのかしら?」と自問自答のような声が耳に届いた。わたしはすぐに頷いたが、彼女は気づかなかったようだった。

 いつものようにトリートメントを洗い流して、濡れた髪を拭いてから椅子の角度を元に戻し、元の席に誘導するためにわたしの先を歩いた。

 わたしは答えを知っていた。それは絶対に間違いないと確信できるものだった。だから、後姿に向かって心の中で声をかけた。

「この美容室の付加価値は夢丘愛乃、君自身だよ」