大地は知らなかった。春代があやかしと契約を結ぶ意味を知らないということも、異能を操る陰陽師としての基本の知識さえも与えられていないということも、なにもかも知らなかった。無関心だった。

「祠に封印されていたほどだ。よほどの力のあるあやかしだろう」

 大地は謝を下げた。

「神宮寺春代をぞんざいに扱っていたことを詫びる。これより、春代も神宮寺家の陰陽師として仕事をしなければならない。その際、春代の代わりに戦ってほしい」

 大地の言葉を聞き、紅蓮は首を傾げた。
 神宮寺家に戻る際中、見かけたのは悪戯や他人の悪意を増長させるだけの悪鬼ばかりだった。陰陽師が手を焼くようなあやかしに遭遇していない。

「報酬を先に受け取りたい」

 紅蓮は春代を抱きしめながら、要求を告げた。

「敷地内でもかまわない。二人で過ごせる家を用意してくれ」

「祠の代わりになるのか?」

「そうだ。神宮寺家には祠が必要なのだろう?」

 紅蓮は嘘をついた。

 祠など必要ない。紅蓮は現世に興味がなかったからこそ、祠を破壊せずにいただけだ。偶然、花嫁衣装をまとい、祠の中に入ってきた春代に一目惚れをしたらからこそ、現世に留まっているだけの話である。

 春代が現世を捨てたいといえば、あやかしが住まう幽世に連れて行くつもりだった。

 しかし、春代が望んだのは神宮寺家の安泰だった。

 どこまでもお人よしだ。

 それが春代の性格なのだ。虐げられてきても、無能だからしかたがないと諦めてきたのだろう。

「使っていない離れがある。そこをすぐに掃除をさせるので、そこでかまわないか?」

「かまわない」

「そうか。それはよかった」

 大地は安心したようだ。

 それから、ゆっくりと立ち上がった。

「庭に我が家の次期当主である陰陽師を用意してある。実力を確かめさせてほしい」

 大地の言葉に紅蓮は眉間にしわを寄せた。

 ……彰浩様が?

 神宮寺彰浩は神宮寺家の中でも、当主の次に強い実力者だ。神宮寺家の火の異能を使うことができる陰陽師であり、その性格は温厚なものだった。無関心ではあったものの、唯一、春代を虐げなかった。

 人間性は神宮寺家の中ではまともな部類だろう。