神宮寺春代が生きて戻ってきた。
 そして、祠の主である紅蓮に抱えられる形で帰還した。
 それは瞬く間に神宮寺家内に広まった。

「あの生贄が帰ってきたですって?」

 その噂は静子の元にも届いていた。

 お気に入りの袴姿に着替えていた静子は、お気に入りの摘まみ細工の髪飾りを思わず握りつぶした。

「はい。祠の主の花嫁として帰還なされました」

「化け物の嫁に? よほど醜い化け物なのでしょうね」

「いいえ。それが、見たことのないほどに美しい御仁でございました」

 侍女の言葉に静子は目の色を変えた。

「見に行きましょう」

 静子は壊れた髪飾りを捨て、新しいものを取り出して身に付ける。

「もっとも美しいのはわたくしよ」

 静子は自信があった。

 次期当主である神宮寺彰浩の婚約者であり、誰よりも優れた水の異能力者だ。陰陽師としての実績も積んできた。

 それなのに、誰よりも無能であった春代に負けるわけにはいかない。

「もちろんです。誰よりも美しいのは静子様でございます」

 侍女は肯定した。

 静子の侍女はすべて静子の言いなりだ。

「祠の主を奪ってみせましょう」

 静子は笑った。

 選ばれる自信があったのだ。


* * *


「――つまり、嫁にほしいと。その代わり、鬼の力を貸してくれるということかね」

 大地は怯えることなく、紅蓮に問いかけた。

 紅蓮は堂々と座り、膝に春代を座らせていた。

「いいや。俺の力で春代を守ってやるという話だ」

 紅蓮は訂正した。

 春代をぞんざいに扱ってきた神宮寺家を守るつもりはなかった。

「春代は俺の嫁だ。契約を結んだ」

 紅蓮の言葉に大地はため息を零した。

 あやかしとの契約は破棄をすることができない。強引に破棄させようとすれば、命を奪われることになりかねない。