……また蹴られるのでしょうか。

 痛い思いをするのには慣れている。
 しかし、人ではないあやかしのすることだ。軽いけがですまないだろう。

「赤子にできることなど限られているでしょうから、どうしましょうかね」

 黒江は一人で悩みだした。

 黒江は人を甚振る趣味はない。奴隷のように使ってやると宣言したものの、なにをさせればいいのか、わからなかった。

 ……赤子扱いですか。

 あやかしからすれば、人間は等しく赤子だ。

「赤子はよく食べてよく寝るのが仕事ですわ。やせ細っていることですし、あなたにする嫌がらせは太らせることにしましたわ」

「それは嫌がらせなのでしょうか」

「嫌がらせですわ。太らせてから美味しくいただきますわ」

 黒江は怖いだろうと言わんばかりの顔をした。

「黒江様は人を食べるのですか?」

「食べませんわ。わたくしの好みの味ではありませんもの」

「そうですか。では、食べられる心配はなさそうですね」

 春代は安心した。

 ……好みの味でしたら、食べられていたのでしょうか。

 不安になった。

「安心なさるのは早くってよ」

 黒江は尻尾を揺らしながら、威嚇をする。

 その姿の愛らしさに春代は和んでしまった。

「紅蓮様の嫁になると覚悟を決めた日から、嫌がらせは承知の上で幽世に参りました」

「なんですって」

「人が鬼の妻になることを認めない方もいらっしゃると承知の上です」

 春代は負けなかった。

 静子からの嫌がらせに比べれば、黒江の脅迫はかわいいものだ。

「あなた、死ぬかもしれないのよ」

「紅蓮様の元で死ねるのならば本望です」

「そこまで覚悟をしてきたの。そう。あなた、かわいそうな子ね」

 黒江は同情をした。

 ……かわいそう。

 その言葉が胸に刺さる。
 春代の生きてきた道のりは同情を引くものだった。いつだって、人として扱われず、道具として扱われてきた。それを同情されたのは初めてだった。