無能の生贄は鬼と契りを交わす

「証拠はどこにもありませんわ」

 静子は開き直った。

「それだけの理由で婚約を白紙に戻しましたの? ご当主様も心が狭いこと」

「なんだと」

「竜神様の加護を受けているわたくしを婚約者から外すなんて、ありえませんわ」

 静子は自信があった。

 静子の才能は本物だ。しかし、人間性に大きな問題を抱えていた。

「……だから、なんだというんだ」

 信也は静子の頬を叩いた。

 その衝撃で静子はその場に座り込む。親に頬を叩かれたことなど、一度もなかった。

 ……痛い。

 頬を叩かれると痛いものだと初めて知った。

 暴行を黙って受けて居ていた春代やセツはどれほどに痛い思いをしたのだろうか。

「それは殺していい理由にならない」

 信也の目は冷たかった。

 その視線から逃げるように静子は顔を逸らした。

「お前に期待をした私が悪かった」

 信也は嘆く。

「お前など引き取らなければよかった」

 信也の言葉に静子は肩を揺らした。

 ……捨てられたのね。

 察してしまった。

 父親にとっても必要のない子になってしまったのだということを理解する。

 ……情けないわ。

 立ち上がらなければならない。

 それでも、悪いことはしていないと開き直らなければならない。

 それをする気力は静子にはなかった。

「部屋に閉じこもっているように。外に顔を出すのは仕事の時だけだ。いいな」

「……はい、お父様」

「そのお父様と呼ぶのも止めてもらおうか。寒気がする」

 信也は汚らわしいものを見るような目を向けた。

 それに対し、静子は涙を流した。

「……はい、信也様」

 静子は力なく返事をする。

 これから先は陰陽師として神宮寺家に軟禁される日々が待っている。誰も静子を愛してはくれない。それを悟ったのか、妙に静かだった。