「陰陽師の仕事は終わらせていただきます」

 春代は墓に手を合わせながら、告げた。

「お母様」

 春代は震える声で言った。

 返事は来ない。

「もう一度、お母様に会いたいと思います」

 春代は覚悟を決めた。

 幽世には渡るつもりだった。それは紅蓮の故郷を目にしたいという気持ちだけだったのだが、セツを探し出すという新たな目的も加わった。セツがいるか、どうかもわからない。

「紅蓮様、参りましょう」

「別れはいいのか?」

「はい。現世に未練はございません」

 春代の言葉を聞き、紅蓮は春代を横抱きにして抱えると地面を蹴った。

 宙に浮かぶ。空を飛ぶという経験は初めてだった。

「ぐ、紅蓮様! 空を飛んでおります!」

 春代は戸惑った声をあげる。

 それに対し、紅蓮は悪戯に成功した子どものように笑った。

「一番近い境界まで飛んでいた方が早い」

「鬼は空も飛べるのですか!?」

「鬼にもよるが。俺は飛べた」

 地面を蹴るような仕草をしながら、空を駆けていく。

 そうして、二人は現世と幽世の境界を超えた。


* * *


 春代と紅蓮が現世から姿を消したのは、次の日には神宮寺家中に広まっていた。食事を届けに行った侍女が発見したのだ。

 それは静子の耳にも入った。

 手にしていた扇子を折り曲げ、悔しそうな顔をする。

「どうして!」

 静子は怒りを物に当たる。

 侍女に暴行をするわけにはいかなかった。

 暴行をしても文句一つ言わなかったセツはいない。静子が春代に手を出さないであげるという嘘を真に受け、本当に命を絶ってしまったのだ。

「どうしてなのよ!」

 静子はかつて春代から取り上げた髪飾りを床に叩きつけた。