「春代」

 紅蓮は春代に声をかける。

 それに対し、答える余裕が春代にはなかった。

「セツに会いに行こうか」

「……できません。お母様は死んでしまったのです」

「鬼火になったんだ。幽世に行けば会える可能性が高い」

 紅蓮の言葉に春代は顔をあげた。

 涙で濡れた顔を紅蓮は手で拭う。

 ……お母様に会える?

 それは可能性の話だ。

 人は死後、あやかしになる場合がある。未練が強かったり、生まれ持った力が強く人間離れしていたりと条件は様々ではあるが、あやかしとして第二の人生を歩むことになる者も少なくはない。

 紅蓮は人から鬼になった者を知っている。

 神宮寺家の実力者であった。本人はそのことを忘れてしまっているものの、今も、鬼として実力があることには変わりはない。

「人であった頃の記憶というのは日が立てば忘れてしまうものらしい」

 紅蓮は春代に手を差し出した。

 春代の背中にはお守りの代わりのようにセツの遺品である風呂敷が背負われていた。元々、今回の仕事が終われば幽世に渡る予定だった。その為、春代はセツの遺品を持って歩いていた。

「一緒に探そうか」

「……探してもいいのでしょうか?」

「未練の声を聞いただろ。セツがそう望んでいる」

 紅蓮の差し出した手を春代は掴む。

 それからゆっくりと立ち上がった。

「一緒にお母様を探してくださいませ、紅蓮様」

「わかった、そうしよう」

「ありがとうございます」

 春代は頭を軽く下げた。

 それから墓に札を一枚だけ置いた。

 ……お母様の本を見て作りましたのよ。

 遺品はすべて手書きの本だった。札作りのことから料理や家事に関することまで幅広く書かれており、セツが春代に教えたかったことがすべて書かれていた。

 春代の新しい髪飾りもセツが用意したものだった。遺品の中に一つだけ、つまみ細工の髪飾りが入っていたのだ。それを春代は迷うことなくつけた。