無能の生贄は鬼と契りを交わす

 鬼火に触れた途端、頭の中が割れそうなくらいに痛みが走った。
 記憶が流れてくる。

「死にたくなかった」

 鬼火から声が聞こえた。
 それは二度と聞けないはずのセツの声だった。

「我が子に教えれるはずだったのに」

 セツの声を鬼火は発する。

 それに対し、春代は固まってしまった。

 鬼火が声を発するなど聞いたことがなかった。

「悔しい。悔しい。悔しい」

 鬼火はセツの本音だ。

 散らばっていた鬼火たちも集まってくる。一つ一つ、丁寧に春代の手のひらに乗り、一つになっていく。鬼火には春代を傷つける意思はなかった。

「静子さえいなければ」

 鬼火の言葉に春代は目を見開いた。

 ……お父様の推測は合っていたいましたの?

 セツは自ら命を絶った。しかし、それはセツの意思ではない。

 すべて静子が企んだものだった。

「春代」

 鬼火は愛おしそうに春代の名を呼んだ。

 その声に春代は涙を流す。

「愛していたわ」

 鬼火はセツが口にできなかった未練を零す。

「我が子に教えられるはずだったのに」

 鬼火は同じ言葉を繰り返す。

 何度も何度も未練を口にする。

 そうしているうちに鬼火は少しずつ小さくなっていった。

「信也様」

 鬼火は愛おしそうに信也の名を口にした。

 その場にいないことなど、意思のない未練の塊にすぎない鬼火にはわからない。

「お慕いしておりました」

 鬼火は姿を消した。

 未練をすべて吐き出したのだろう。

 春代はその場に崩れ落ちた、涙が止まらなかった。

 墓場は静寂を取り戻し、月明かりだけが頼りになる。鬼火はどこにも残っていなかった。