「春代」

 男性、紅蓮は春代の名を呟いた。
 それだけで祠の鍵は地面に落ちた。祠の扉があき、外に出られるような環境が作られる。それは人の手では不可能なことだった。

「助けてやろう」

 祠の外から手が伸ばされる。

 その手を取れば死から解放される。

 春代は迷わずに手をとった。名を呼ばれた時から逆らってはいけないと感じていた。

「……あなたは、どこからきたの? 神宮寺の者じゃないわよね」

 春代は祠の外に出てから問いただす。

 それに対し、紅蓮は笑った。笑う口には人には牙があり、額には二本の角がある、そのことに気づいた春代は慌てて距離を取ろうとして、祠にぶつかった。

 祠はボロボロだった。

 管理されていなかったのだろうか。

「その祠からだ」

 紅蓮は祠を指さした。

「……神様?」

 春代は問いかける。

 それに対して紅蓮は首を横に振った。

「鬼だ」

 紅蓮は短く語った。

 その言葉に春代は小さな悲鳴をあげた。

「春代。助けてやっただろう?」

 紅蓮は春代に手を差し出した。

 その手を震えながら、春代はその手をとった。

「……はい」

 春代はいつも通りの返事をする。

「なにをお求めですか?」

 春代は代償はなにか問う。

「俺の嫁になれ」

「契約結婚ということですか」

「そうなるな」

 祠から連れ出す代わりに嫁にする。

 元々祠の神様の花嫁として生贄されたのだ。抵抗はなかった。

「俺は春代を守ってやると約束しよう」

 紅蓮は春代を抱き上げた。

「だから、春代は俺の嫁になれ。それが契約だ」

 紅蓮は笑った。

 契約は結ばれた。あやかしとの契約は絶対だ。それを春代は知らなかった。