* * *


 セツが春代に札作りを教えることはなかった。

 なぜならば、セツは自ら命を絶ってしまったからだ。

「……お母様」

 葬儀に参列することさえも許されなかった。

 最低限の葬儀だけで済まされてしまったセツの顔を見ることは、誰も許されなかった。

「なぜ、泣く?」

 紅蓮は春代に問いかける。

 長い年月を生きるあやかしにとって、人の命など瞬く間に消えていくものでしかない。それをいちいち悲しんでいる暇などなかった。

「悲しいから泣くのです」

 春代は当然のように答える。

 紅蓮には人の心がわからない。

「そうか」

 紅蓮は納得したようだ。

 それから、春代を慰めるように手を繋ぐ。

「紅蓮様?」

「俺にはわからん感情だ。だが、春代が泣いていると胸が痛くなる」

 紅蓮は心が締め付けられるように痛かった。

 春代に悲しんでほしくはないと思ってしまう。

「母が恋しいか?」

 紅蓮の問いかけに対し、春代は俯いた。

 ……思い出すのは先日の会話ばかりです。

 嘘交じりの会話だった。

 それすらも懐かしく感じてしまう。

「わかりません」

 春代はセツが料理を並べていた光景を思い出しながら、いつも使っている座布団に座り直す。葬儀に参加することも、祠の代わりである離れの屋敷から出ることも緩さrなかった。喪主を務めた父親はどのような顔をして参列していたのだろうか。

「母を慕っていたわけではないのです」

 春代は強がりを口にする。

 涙が止まらないのは慕っていた証拠だった。

「母から、愛されたいと、願うのは、やめてしまいましたから」

 春代の言葉に紅蓮は我慢ができなかった。

 春代を強く抱きしめる。

 泣く必要はないのだと思わせるかのような行動だった。

「俺が愛そう」

 紅蓮は愛を囁いた。

 春代が諦めてしまった両親からの愛の分まで紅蓮が愛すると誓う。

「永久に春代だけを愛すると誓おう」

 紅蓮の言葉に春代は耳まで真っ赤にさせる。

 触れ合いに慣れていない。その上、愛の言葉まで囁かれてしまったら、真っ赤になりすぎて倒れる寸前だった。

「紅蓮様」

 春代はなんとか声をあげる。

「私も、同じ気持ちでございます」

 春代は顔をリンゴのように真っ赤に染めながら答えた。