「紅蓮様にわたくしが本当の花嫁だと伝えたのでしょうね!?」

「はい、お伝えしました」

「それなら、どうして、紅蓮様はわたくしを迎えに来ないの!?」

 静子はセツを蹴り飛ばした。

 壁に衝突したセツはなんとか姿勢を戻す。それすらも気に入らなかったのか、静子はセツを何度も蹴る。

「おかしいでしょう!」

 静子はセツに八つ当たりをする。

 何度も蹴り、殴る。そうすると少しは気が晴れたのか、静子はセツを暴行するのを止めた。

「どうせ、お姉さまに同情でもしたのでしょう」

「そのようなことは――」

「お黙りなさい! 発言を許可していませんわ!」

 静子はセツの言葉に被せるように大声を発する。

 静子は用意されている洋風の椅子に座り、セツを見下ろす。

「これだから、母親は信じられないのよ」

 悔しそうだった。

 静子は実の母親に捨てられたと思っている。陰陽術が優れていたからこそ、神宮寺家に預け、姿を消した母親のことを忘れた日は一度もなかった。

 憎かった。ただひたすらに憎かった。

「セツさんも母親なのね」

 綺麗に整えられた爪を噛む。

 静子の身の回りの世話をする侍女たちは、静子の怒りを恐れて身を震わせていた。

 ……静子様は春代とは違いますね。

 母親を恨む姿は春代には見られなかったことだ。

 二人とも母親から見捨てられたというのにもかかわらず、こうも違うものだろうか。

「今度こそ、紅蓮様をわたくしのものにするのよ」

 静子は紅蓮ほどに美しい男性を見たことがなかった。

 どうしても欲しくてたまらない。

 どうしても手に入れたくてしかたがない。

 なによりも、春代が手に入れているのが悔しくてしかたがなかった。春代の持ち物はすべて取り上げてしまわなければ、気が済まない。

「最後の機会を差し上げますわ」

 静子はセツに命令を下した。

 その命令を阻止できるものは誰もいない、ここでは陰陽師として強い者だけが生き残れる場所なのだ。