「私でしたら、耐えられないと思います」

 春代は想像すらもしたくなかった。

 紅蓮が他所で作ってきた子どもを我が子のように育てるなど考えたくもない。ましてや、その子に見下されて侍女として扱われる日々など耐えられない。

「お母様。私はあなたを母として慕うことができません」

 春代は言い切った。

 春代がセツに向ける感情は同情だけだ。それから、純粋に札作りについて学びたいと思ったからこそ、声をかけただけである。断られてしまえば、独学で進めるつもりだった。

 その程度の感情しか抱けなかった。

「……それでいいのです」

 セツは悲しそうに笑った。

 許されるなどと夢に描いていたわけではない。

「わたくしのわかる範囲でよろしければ、札作りは教えましょう」

 セツの言葉に春代は嬉しそうに笑った。

 ……先生がいるといないでは大違いですもの。

 誰かに教わることに対して強い憧れを抱いていた。

 誰も春代に物を教えようとしなかったからだ。

 ……これで紅蓮様の役に立てます。

 誰かの役に立ちたいと思えたのは、ずいぶんと久しぶりだった。紅蓮と出会い、自分自身が大きく変わっていくことを自覚する。

「お願いいたします、先生」

「先生ですか?」

「はい。母としては慕えなくても、先生としてならば慕える気がするのです」

 春代の言葉にセツは頷いた。

 そして、涙を指で拭う。

「わたくしも生徒として接しましょう」

 セツは母であることを諦めなければならなかった。それが幼い我が子を手放した罰だ。しかし、新たな立場を与えられたのはセツにとって幸運でしかなかった。


* * *


「この役立たず!」

 静子はセツの腕を叩いた。

 セツはすぐに静子の元に戻り、嘘にまみれた状況を口にした。嘘の中に事実を混ぜ、それらしく報告をしたのだが、静子の気に障ったようだった。

 静子は怒りを露にする。その態度が春代と正反対だった。