昼間、静子が口にしていた言葉は事実であった。
 春代は生贄に選ばれたのだ。
 それは定期的に差し出されるものではなく、祠の維持をする時間稼ぎだった。

「ここに入れ」

 人が一人ようやく入れるほどの祠の鍵を開けるのは、神宮寺家当主の神宮寺大地だった。大地に言われ、春代は覚悟を決める。

 役立たずと言われて生きてきた。
 生きる価値を否定されて生きてきた。

 その使い道が生贄だと言われた時、春代は涙すらも流れなかった。

「はい」

 春代は返事をした、

 それから、祠の中に入っていく。祠の中にはなにもない。

 ご神木が飾ってあるわけでもない。しかし、得体の知らないなにかの視線を感じていた。

 春代が座ると扉は閉められた。

 なにも見えない祠の中で春代は静かに目を閉じた。

 外から足音が遠ざかっていく。厳重に鍵を閉めたのは逃がさない為だろう。

 ……ここで死ぬのね。

 春代は覚悟を決められなかった。

 恐ろしかった。
 怖かった。
 死にたくなかった。

 春代は震える体を必死に抱きしめる。

「……死にたくない」

 震える声で呟いた。

 その言葉は誰にも届かないはずだった。

「助けてやろうか?」

 どこからか、男性の声がした。

「誰?」

 春代は問いかけた。

 それに対し、男性は笑った。

「俺は紅蓮だ。お前の名前は?」

「神宮寺春代よ。ここから連れ出してくれるの? もしかして、祠の神様?」

 春代は素直に答えてしまった。

 異形の者に名を教えてはいけないと知らなかったのだ。

 それどころか、声をかけてしまった。