……静子様が本当のお嫁さん?

 違和感の正体はそこにあった。

 ……彰浩様と婚約をされているのに?

 次期当主の嫁候補を生贄に差し出すとは考えにくい。

「嘘でしょう」

 春代はセツに声をかけた。

「生贄は最初から私だったはずです」

 春代は知っている。

 静子が春代のことを生贄だと笑っていたことを思い出した。

「お母様はなぜ侍女の真似をしているのですか?」

「生贄の母親として当然の仕事をしているだけです」

「生贄の母親は殴られないといけませんか?」

 春代はセツに同情してしまった。

 我が子を放置した母親に対し、怒りの感情はない。虐げられて当たり前の日々は春代から怒りの感情を奪ってしまった。

「お母様は静子様の義母でもありますよね」

 春代はセツの手に触れた。

「お母様」

 春代は怒っていない。

 たとえ、生贄にするように懇願した話が事実であったとしても怒らない。

 それほどに今が幸せだった。

「私は生贄に選ばれてよかったと思っております」

「そんなはずは――!」

「そうしなければ、紅蓮様と出会えませんでしたから」

 春代は穏やかな口調で告げた。

 紅蓮との出会いが春代を強くした。

「……そうですか」

 セツはゆっくりと顔をあげる。

 その眼からは涙が零れていた。

「紅蓮様、春代をよろしくお願いいたします」

「言われなくてもわかっている」

「いいえ。言わなくてはなりません」

 セツは覚悟を決めた。

「静子様は紅蓮様を諦めておりません」

 紅蓮の顔をしっかりと見つめる目からは涙が零れ落ちる。それは恐怖によるものだった。