「大丈夫ですか?」

 春代は食事を運んできた侍女の顔が腫れていることに気づいた。

「問題ございません」

 侍女――、セツはいつも通りに食事を並べていく。

 春代はセツが母親であると気づかなかった。

 ……なにか冷やせるものがあればいいのですが。

 殴られたのだろうか。

 セツの顔は腫れている。動きもぎこちない。

「紅蓮様、腫れを引かせる薬はありませんか?」

 春代は隣に座っていた紅蓮に問いかける。

 紅蓮の存在に気づいていなかったセツは驚いたような顔を一瞬見せたものの、すぐに元の無表情に戻す。

「ある」

 紅蓮は即答した。

「だが、この者には必要ないだろう」

 紅蓮はセツの正体に気づいていた。

 そのことに春代は気づかなかった。。首を傾げ、紅蓮の言葉の意味を考える。

「春代を虐げた者に慈悲はない」

「私、彼女に殴られたことはございません」

「おや、気づいていないのか?」

 紅蓮はおもしろそうに笑い声をあげた。

 ……気づいていない?

 虐げられる日々は日常だった。その中に食事係の侍女もいたのだろうか。

 そのようなことを春代が考えている間、セツは冷や汗をかいていた。

 ……見たことがあるような気がしてきました。

 その記憶は虐げられた日々ではない。

 幼い頃の日々の記憶が頭を過った。

「それは春代の母親だろう」

 紅蓮は答えを口にする。

 言われてみて、春代は驚いたような顔をした。

「お母様?」

 十数年と口にしていない言葉を口にした。

 それに対し、セツは静かに頷いた。それから、そのままの勢いで頭を床につけた。

「申し訳ございません。紅蓮様」

 セツは紅蓮に謝罪をする。