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「……なんの札でしょうか」

 後日、春代は住居としている建物に札が張られていることに気づいた。それをよく見てみるものの、春代の知識にはないものだった。

 ……雷避けでも火除けでもありませんわ。

 火除けの札ではなかった。

 セツには火除けの札は作れなかった。

「人除けの札だな」

「そのようなものがございますの?」

「ある。使ったやつもいたくらいだ」

 紅蓮は札に触れる。

 すると札は効力を無くし、灰になってしまった。

「どのような方が使いますの?」

 春代は問いかける。

「鬼と密会していた陰陽師だ。今は陰陽師だった頃の記憶を忘れた哀れな鬼だが」

 紅蓮は語る。

 かつて神宮寺家の中に鬼と密会していた陰陽師がいたことを春代は知らなかった。

「三竹山があるだろう?」

「はい。知っております」

「そこに叔母が封印されている。例の陰陽師と密会していた鬼だ」

 隣町の山の名を紅蓮は口にした。

 しかし、鬼が封印されていることは知らなかったようだ。春代は驚いたようだった。

「狐塚町まで監視をしているのでしょうか」

「いいや。狐塚稲荷神社に任せていると聞いた」

「紅蓮様はなんでもご存知ですのね」

 住居を取り囲むように張られていた札を燃やしつつ、紅蓮は照れくさそうに笑った。

「狐塚に友人がいてな」

 紅蓮は語る。

 春代と二人で過ごせる時間は都合がよかった。しかし、人除けの札が張られていては食事は届けられない。紅蓮は食事をしなくてもなんともないが、春代は違う。

「旭という名の妖狐だ。俺になにかがあった時には旭を頼れ」

「そのようなことをおっしゃらないでください」

「例えばの話だ。保険はかけておくべきだろう?」

 紅蓮は笑う。

 友人ならば春代を受け入れてくれるだろう。そんな自信があった。