「火除けの札をたくさん作ってちょうだい」

 静子はセツに頼みごとをする。
 それが断れないと知っているからこその頼みごとだった。

「それを祠に貼ってきてちょうだいね」

「そのようなことをすれば、紅蓮様は外に出られません」

「いいのよ。わたくしを無視した罰を与えなければならないわ」

 静子は笑った。

 企みは別にあった。

「陰陽師として春代がでることになるでしょうね」

 静子の狙いは春代だった。

 陰陽師として未熟な春代が現場に出れば命を失いかねない。それを知っているからこそ、紅蓮が外に出られないようにしてしまおうと考えたのだ。

「あら、セツさん。顔色が悪いわ」

「そんなことはありません」

「嘘は嫌いよ。娘の安否が心配になったのかしら?」

 静子はくすくすと笑いながら、問いかけた。

「そんなことはありません」

 セツはすぐに答えた。

 しかし、声が震えていた。

「そうよね。心配をするくらいならば、十年も使用人以下の扱いを受けているのを見逃すはずがないもの」

 静子はセツの心の傷に塩を塗る。

 セツは後悔していた。

 幼い娘を放置することでしか、娘の命を守れなかった。それを口にすることはないものの、娘のことを――、春代のことを忘れたことなど一度もない。

 それに静子は気づいていた。

 だからこそ、気に入らなかった。

「セツさん」

 静子はセツを義母とは呼ばない。

 実母はセツの夫の愛人だ。神宮寺家の敷地を跨ぐことさえも許されず、能力を発揮した静子を神宮寺家に託し、そのまま行方をくらませた。

 その経緯があるからだろうか。

 静子は母親というものを信用していなかった。

「あなたの娘になってあげるわ」

 静子はそう言って笑った。

 質の悪い冗談だった。