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 静子は一人で神宮寺の屋敷に戻っていた。

 本来ならば、春代を盾に使い、亡き者にしようと企んでいた。しかし、紅蓮の行動により、それは失敗に終わった。

「……うまくいきませんわね」

 静子はため息を零す。

 ……紅蓮様が欲しいのに。

 欲しいものはなんだって手に入れてきた。

 それなのに、今回は手が届かない。

「セツさん」

「……はい、静子様」

「あなたの娘、どういう教育をなさっているの?」

 廊下の床に座らされた妙齢の女性、神宮寺セツは静子の問いかけにすぐに答えられなかった。

「教育なんてしていないものね。いいのよ。生贄にはふさわしい待遇だわ」

 静子はセツの返事を期待していなかった。

 セツは春代の母親だ。静子の義母にあたる。しかし、立場が弱かった。当主の妹でありながらも、子は春代だけであり、陰陽師を輩出することができなかった。

 その立場は変わった。

 今では生贄の母親だ。

 神宮寺家の守護神と崇められつつある紅蓮の妻に収まった春代ではあるのだが、戸籍上は未婚のままである。鬼との結婚など認めるわけにはいかなかった。

 その為、扱いとしては紅蓮を神宮寺家に留めておく為の生贄である。

「わたくし、どうしても欲しいものがございますの」

 静子はセツに近寄った。

 セツは姿勢を正す。

「手伝ってくださるかしら?」

「……はい」

「それはよかったわ。わたくし、札作りが苦手ですのよ」

 静子は陰陽師に必須である札を作るのが苦手だった。

「なにを作ればよろしいですか?」

 セツは問いかける。

 他人に頼まれて札を作るのは慣れていた。

 それくらいしか才能がないと揶揄されながらも、セツの作る札の威力は当主も利用するほどだった。