「紅蓮様は争いごとが苦手ですか?」

 春代は意外だった。
 彰浩を簡単に倒してしまった姿を思い出す限り、戦闘意欲にあふれているとばかり思っていたのだ。

「苦手だ」

「そうですの。一緒ですわね」

「そうだな、同じだな」

 紅蓮と春代は手を繋ぎながら笑う。

 闇夜を照らす月だけが二人を見守っていた。

「春代」

 紅蓮は春代の名を呼ぶ。

 そうすれば、春代の視線は紅蓮で埋め尽くされる。

「このまま、二人で逃げ出そうか?」

「逃げる、ですか?」

「そうだ。幽世に渡れば陰陽師は追ってはこられない」

 紅蓮の甘い提案に春代は頷きそうになってしまった。

 神宮寺家には居場所はなかった。生贄に差し出すのを決められた時も両親は振り向かなかった。誰も生贄に選ばれた春代に同情する者はいなかった。

 紅蓮だけだった。

 恐怖のどん底から救いあげてくれたのは、紅蓮だった。

 だからこそ、紅蓮の甘い誘惑に乗ってしまいそうになる。

「少しだけ時間をください」

 春代は悩んだ末に答えた。

「私はまだ両親にお別れも言えていませんから」

「放っておけばいいだろう。神宮寺が春代にした罪は重い」

「そういうわけにはいきません」

 春代は首を左右に振った。

 ……もう何年も話をしていないけれども。

 両親は春代を疎んでいた。

 しかし、紅蓮と共に神宮寺家に戻ってからは目の色を変えていた。そのことを知っていたからこそ、会う勇気がなかった。

 ……恨みはありません。

 両親からの愛を諦めてしまった。

 陰陽師の才能がないとわかった日から、両親は春代への興味を失った。父親は堂々と愛人の娘である静子を神宮寺家の子として迎え入れ、神宮寺家の直系の血を継ぐ母親を蔑ろにしてきた。