「大丈夫か? 風邪に効く妙薬でも取り寄せようか?」

「いえ。平気ですわ。誰かが噂をしているのでしょう」

「そうか? 人間は変わった風習があるのだな」

 紅蓮は素直に受け止めた。

 家事に専念する春代の後ろをついて歩き、春代が届かない場所の掃除は紅蓮がする。掃除をするのに慣れているのは、紅蓮が一人でなんでもやっていた証拠だろう。

 ……紅蓮様も一人で生活をしていたのでしょうか。

 そう思うと春代は寂しく思えた。

「陰陽師の仕事とやらに今宵出かけてる」

「はい。ご同行いたします」

「危険ではないのか?」

 紅蓮は首を傾げる。

 ……変なことをおっしゃられるのね。

 春代から受け取った手紙の内容を思い返す限り、紅蓮にとっては簡単な仕事だ。しかし、か弱い人間の春代を連れて行くのには抵抗があった。

「結界術の札を真似て書いてみました」

「札など燃えて終わりだ」

「ないよりはあった方がいいでしょう? 紅蓮様の分も作ってみました」

 書斎にこもっている時間に書いていたのだろう。

 丁寧に書かれた札を手に取り、紅蓮は首をさらに傾げた。

「ずいぶんと簡易化したのだな」

「そうでしょうか。本の通りに書いてみましたが」

「俺を封印した奴の札はこんなものではなかった」

 紅蓮は忌々しいと言いたげな顔で札を見た。

 ……あまり気分の良いものではなかったようですね。

 失敗したと思った。

 春代は紅蓮の役に立ちたかっただけなのだ。不快な思いをさせるつもりはなかった。

「効力はあるだろう。春代が持っていると良い」

 紅蓮は渡された札をすべて春代に返した。

「俺の力では札を燃やしてしまう。せっかく、春代が作った札だ。効力を発揮した方がいいだろう」

 紅蓮に言われ、春代は大人しく受け取った。

「効力がわかるのですか?」

「わかる」

「不思議ですね。やはり、鬼と人間では違うのでしょうか」

 春代は感心したように言った。