「俺の姿は春代を通じて見えているようなものだ」

 紅蓮は鬼だ。

 人ではない。

 高位な存在であるからこそ、その姿は人間には認識しにくい。

 その為、急に姿を見せたように見えるのだろう。

「春代」

 紅蓮は春代を抱きしめる。

「春代がいなければ、俺は現世に降りようとは思わなかった」

「あの小さな祠の中にいるつもりでしたか?」

「まさか。あれは俺の出入りを封じる為の祠にすぎない」

 紅蓮の言葉に春代は目を見開いた。

 ……祠の中にいたのだと思っていました。

 昼間も薄暗く、人通りのない寂しい場所に置かれた祠を思い出す。その場所に何百年と閉じ込められていたのだと思っていたが、違うようだ。

「幽世という言葉は知っているか?」

「かくりよ、ですか?」

「そうだ。常世とも呼ぶ。呼び方はいろいろあるが、あやかしが住んでいる世界の呼び名だ」

 紅蓮はていねいに教えていく。

 わかりやすいように言葉を選ぶ。

 その優しさが春代の凍り付いた心を解かすようだった。

「俺はそこで暮らしていた」

 紅蓮は幽世で自由気ままに生きていた。

「では、幽世で待たれている方もいらっしゃるのではないですか?」

「いない。あやかしは自由なんだ。たかが百年、現世にいたところでなにも言われないさ」

「そういうものですか」

 春代には百年は遠い先の未来に感じる。

 しかし、鬼である紅蓮にとっては瞬く間の時間にすぎないのだろう。

「私が死んだ後は、紅蓮は一人になるのですか?」

 春代は問いかけた。

 その言葉に紅蓮はあやしく笑ってみせた。

「さあな」

 紅蓮は答えを返さない。

 なにかを知っているようだが、教えるつもりはないようだ。