春代が着用している着物はすべて紅蓮が用意したものだ。その為、幽世の流行のものであり、この時代の流行とは違っていた。古風な着物だと影で言われているのを紅蓮は知っていた。

「紅蓮様の下さった着物がいくつもございます」

「しかし、現世では流行のものではないのだろう?」

「流行などどうでもよいのです。紅蓮様が選んでくださった着物の方が私は好きです」

 春代は紅蓮に寄り添う。

 それに対し、紅蓮は頬を赤く染めた。人間とは違い、長い年月を生きてはきたものの、男社会で過ごしてきた紅蓮にとって、春代は初恋だった。

 初めての恋を大切にしたかった。

 だからこそ、契約結婚という強引な形で手に入れても、手を出すことだけはしなかった。

「陰陽師としての仕事では着物と袴ではどちらがしやすいのだ?」

 紅蓮は侍女に問いかける。

 侍女は少しだけ後ずさりをしながら、首を縦に振った。

「袴を好まれる方が多いです。着物よりも動きやすいかと思います」

「そうか。では仕事着として袴を用意せよ」

「はい。かしこまりました」

 侍女は逃げるように去っていった。

 ……静子様に報告をされるのでしょう。

 手紙を預かってきたということは、静子とつながりがあると考えてもいいだろう。

「名を呼ばれるのは慣れませんね」

「なぜ?」

「今までは無能と呼ばれておりました」

 春代が零した言葉に対し、紅蓮は目を見開いた。

「無能?」

 紅蓮には理解ができなかった。

 あやかしを視ることができるのは才能だ。多くの人はあやかしの存在を認識することさえもできない。

「見鬼の才があっても無能か」

「見鬼の才ですか?」

「そうだ。俺の声が届いた人間は春代が初めてだった」

 紅蓮は祠に閉じ込められた人間がいると声をかけていた。

 同情したのだ。そうしなくても、紅蓮は現世に来るつもりなどなかった。しかし、春代は違った。美しい見た目と謙虚な性格、なによりも死に怯えている姿は助け出したいと強く願ってしまうほどのものだった。