その言葉に春代の表情は曇った。
 神宮寺家に良い思い出はない。

「春代」

「はい、紅蓮様」

「俺がいる。俺が守るから安心しろ」

 紅蓮の言葉は心強いものだった。

 ……そうですわ。

 春代は立ち上がる。

 ……私はもう一人ではありませんもの。

 春代は歩き出した。

 紅蓮の隣を歩けば安心感を得られた。それに気づいたのか、紅蓮も無理に春代を抱き上げようとはせずに、ゆっくりと春代の足取りに合わせるように歩き出した。

 案内された離れは綺麗なものだった。

 時代遅れの和風の建物ではあったものの、過ごしにくそうではない。

「食事は三食運ばせる」

 大地は部屋の案内を終えるとそう告げた。

 ……ここは祠の代わりなのですわ。

 春代は悟る。

 祠の代わりとして離れを与えただけなのだということを悟ってしまったものの、どうすることもできなかった。

「使用人はそれ以外にはこない」

 大地は視線を春代に向けた。

 ……私がやればよろしいとのことですわね。

 大地の意図は読める。

 使用人の真似事は春代の仕事だ。

「陰陽師の仕事が入り次第、伝言用の人を寄越す」

「かしこまりました」

「春代。書斎に基礎の本を用意させた。読んでおくように」

 大地はそういうと頭を下げた。

「紅蓮殿」

 大地は紅蓮に謝罪をするように頭を下げた。

「先祖が貴方にしたことを考えると心が痛みます。しかし、どうか、春代の為に力を貸していただきたい」

 大地の言葉に対し、紅蓮は返事をしなかった。