大正元年、日本には異能力を扱う名家というものが数多く存在する。その中でも神宮寺家は五大名家に数えられるほどの実力者揃いの一族だった。

「無能。雑巾がけをしておいてちょうだい」

「はい」

 無能と呼ばれた少女、神宮寺春代は本家筋の生まれだった。

 当主の妹が母親であるのにもかかわらず、春代には異能力がなかった。その為、一族の中では底辺として扱われ、侍女に仕事を押し付けられることもよくあった。

 春代は指示された通りに雑巾がけを始める。

 本来、その仕事をするべき侍女は春代を見て笑っていた。

「埃一つ、残すんじゃないわよ」

 侍女はぞうきんを絞った桶を手にして、文句を口にする。

「ほら、綺麗にしてあげるわ」

 侍女は容赦なく桶の水の春代にかけた。

 春代は身震いをした。

 季節は冬。外は雪がうっすらと積もっている。

 薄着の着物しか持っていない春代は着替えることも許されない。それを知っていて、侍女は水をかけたのだ。

「お礼を言いなさいよ、無能」

 侍女は春代を足蹴りする。

「ありがとうございます」

 春代は慣れたように言葉を口にした。

 それが気に入らなかったのだろう。侍女はつまらなそうな顔をしていた。それでも、蹴るのは止めなかった。

 そのやり取りに気づいたのだろう。複数の侍女を連れた春代の異母妹、神宮寺静子が通りかかった。静子に気づき、侍女は慌てて春代を蹴るのを止めて、頭を下げる。

「あら、お姉さま」

 見下すような仕草をしながら、静子は春代に声をかける。

「季節に見合った服装ですこと」

 春代は笑いながら言った。

 季節に見合っていないと皮肉を口にした静子の言葉に対し、侍女たちは同意するように笑っていた。

「体を清めるなんて、まさに生贄にふさわしい姿ですわ」

 春代は静子にそう言った。

 ……生贄?

 話の内容が、春代にはわからない。