「あいつの情報が正しければ、まもなくここにくるはずなんだが……」

 あいつは時間にルーズだからなあ。こういうのが時間どおりにいった試しがない。

 俺の名前はブラッド。いろいろあって、今は傭兵をしている。俺は今、とある依頼を受けて、リーベルという国のバカでかい森の中にいるんだ。この森は、【帰らずの森】と言われている。ここは木々が複雑に生い茂っていて、昼間でも薄暗くて迷ってしまいそうになるからな。森自体が生きていて、人を迷わせているなんて噂が立つぐらいだ。
 それに森の中には強力な魔物がうようよといる。一度森に入ったら二度と戻れないから、帰らずの森と呼ばれてるわけさ。
 そういうわけで、普通ならまず近寄らない場所なんだ。普通なら……な。

 おっ、誰かが向かってきているな。気配を消してるが、耳のいい俺にはそいつらの足音や吐息がきちんと聞き取れるんだ。

 ……二人の女だ。目立たないように平民の服を着ているようだが、あれは間違いなく姫様とその護衛だな。

 姫様をここで連れ去って、依頼主のもとまで連れて行く。それが今回俺が受けた依頼だ。

 さあて、どうするかな?
 俺は、この国で起きた革命のことを思い出していた。 
 
 今、この国では、国王の圧政にブチ切れた市民が蜂起して、革命が起きている。市民たちは革命軍を結成して、国王の住む城を取り囲んだ。革命軍は士気が高く、城を防衛している国軍とは勢いが違う。だから、そう遠くない時期にこの城は陥落するだろう。

 そして、今、俺が気配を消しながら眺めているのは、この国の姫様だったアリシア。雇い主によれば、姫様は、護衛の女性騎士のナタリーと一緒に、リーベルの友好国だったグランセリアという国まで逃亡している最中らしい。

 それで、二人がこの森の中を逃亡しているという情報をもらった俺は、二人を捕えようと待ち伏せをしていたってわけさ。俺の雇い主に姫様を引き渡す。それが今回の俺の仕事なんだ。

 まあ、やるしかないよな……。
 俺は、意を決して二人の前に躍り出た。

「おやおや、誰かと思えば、アリシア姫ではありませんか? 姫様ともあろうお方が、国民を見捨てて真っ先に逃亡とはなあ。ははっ、そりゃあ、革命を起こされるわなあ!!」

 二人は、気配を消していた俺には気づいていなかったらしく、驚いた顔で警戒態勢に入った。姫様の護衛が、隠していた剣の柄に素早く手をかける。

「ちっ、待ち伏せされていたか!! だが、お前の顔は見たことがある。ブラッドだな!!」

 ナタリーと思われる女騎士が、威勢よく俺に話しかけてきた。

「ほう、俺の顔を覚えてくれているとは、うれしいねえ。お前たちを俺の雇い主に引き渡せば、かなりの報酬がもらえるんでな。大人しくしてれば手荒な真似はしないでおいてやる。ロイヤルガードのナタリーさんだったか? あんたは、とてもそんな気はなさそうだが」

「ブラッド、お前は元国軍の兵士長だったはずだ? それが、裏切って傭兵になり、革命に手を貸すとは。国王様の恩を忘れたのか?」

 面識はなかったが、護衛のナタリーは兵士長だった頃の俺を知っているらしい。

「ふん、現実が見えていなかったお前たちに言われる筋合いはないんだよ」

 護衛のナタリーが、剣先を俺に向けて殺気を放ってきたので、俺も腰に身につけていた剣を抜いて身構えた。

「お前たち王族や貴族は自分たちが嫌なことをすべて下の平民たちに押し付けてきた。だから革命を起こされたんだ!!!」

 俺は、ナタリーを睨みつけながら、話し続けた。

「ナタリーさん。あんたも、ずっと姫様を守ることしかしてこなかったんだろう? それじゃあ、アンゲラの街で何が起きたのか知らねえよな?」

「あの街は大火で街ごと燃え尽きたと聞いているが?」

「ふふ、そうだよ。住民たちを殺すために、俺が火をつけさせたのさ。国王の命令でな」

「バカなことをいうな。国王様が、そんな命令を下すはずがない!!!」

「やっぱり何も知らねえんだな。数年前に流行り病がこの国で流行しただろう? その関係で俺たちは、感染者を秘密裏に処理してたんだよ」

「なんだと!? 罪もない人々を殺したというのか? それでは虐殺と同じじゃないか!!!」

「そうだよ。貴族どもを流行り病から守るために、俺たちは平民の感染者たちを処分させられていたんだ」

「そんな……」
 
 あの日、俺たちは、街に火を着けて燃やした。
 
 全身が黒くなり、数日後に確実に死へと至る病。その病が、急速に国中に広まっていったため、毎日、たくさんの人がバタバタと倒れて、死んでいた。
 王族や貴族たちは、病を恐れて、市民を隔離した。それでも、感染が止まらなかったため、恐怖した貴族たちは、とある策を国王に献上した。感染者ごと、街を葬り去るという、悪魔のような方法をだ。
 それで国軍に、裏で感染者を処理するように極秘の任務が下された。
 
 俺たちは、深夜、街中に火をつけた。真っ赤に燃え上がる炎が、あっという間に街中を包み込んでいった。運良く逃げ出した人間もいたが、部下に弓矢で撃たせて始末した。

「直接手を下すと、俺たちも感染してしまうからな。闇夜に紛れて火をつけて燃やし尽くすしかなかった」

 皮肉にも、そうやって感染者を処理していったおかげで、この国の流行り病は終息したんだ。やり方は最悪だったが、結果的には正しかったわけだ。だが、平民たちからは、大分恨みを買ったようだがな。
 
「でもな、そんな仕事に嫌気がさして、俺は軍を辞めたのさ」

 貴族を助けるために、罪も無い平民たちを犠牲にする。そんな行為を続けていくうちに、いつしか俺の心は限界になっていたんだ。

「そして、俺はお前たちとは違って平民の出だからな。彼らの気持ちもよくわかるんだよ」

「だからといって、アリシア様を差し出すわけにはいかない。お前ごときに、アリシア様のお気持ちはわかるまいよ!!」

 ナタリーは、いきなり剣で俺に斬りつけてきた。俺は彼女の剣に俺の剣をぶつけて受け止めた。ナタリーはなかなかいい腕をしていたが、やはり剣が軽かったので、俺は余裕で彼女の剣を押さえつけることができた。

「ほう、剣の技術では俺と互角かそれ以上といったところかな? だが、ナタリーさんよ。女のお前と、男の俺では体格が違うんだ。だから、力づくで弾き飛ばしてしまえばいいだけなんだよ!!」

 そのまま俺は、剣ごとナタリーを弾き飛ばしてやった。身体が軽い彼女はバランスを崩して後ろへと倒れ込んだ。

「ぐぅっ!!」

「それにな、お前たちの優雅な生活は、誰が支えていたと思う? 例えば、お前たちが食べてきた肉、その肉だった動物を捕らえて殺したのは誰だと思う?」

「何が言いたい? 国民の生活を守ってきたのは間違いなく国王様だ。いまさらお前にどうこう言われる筋合いはない!!!」

「そうやって、お前たち王族や貴族は、自分の手を汚さずに理想論しか言わない。だから、お前たちに虐げられていた平民たちが、蜂起したんだ」

 俺は、倒れ込んでいるナタリーの首元に剣の先を突きつけた。

「はっきりといってやろうか? お前たちの平穏な暮らしは、多くの平民の犠牲の上に成り立っていたんだよ!!!」

 俺にここまで言われると、ナタリーは何も言い返せない様子だった。俺は彼女が動かないように、胸の上に足を乗せて体重をかけた。

「それで革命を起こされて、立場が悪くなるとすぐ逃げ出すとは、本当に、脳みそがお花畑な連中だぜ。そんなんだから、守るべきものも守れないんだよ」

 その時、俺の話をずっと聞いていたアリシアが、突然腰につけていた剣を抜いて前に出てきた。

「ナタリー、もう大丈夫です。後は私がやります」

「アリシア様、しかし……」

「命令です。そのままでいなさい、ナタリー」

 姫様は、剣を構えて、ナタリーを守るように俺の前に立ち塞がった。姫様の目はは俺のことをまっすぐに見据えている。

(姫様、ようやく覚悟を決めたか……)

「私は何も知らなかった。私のせいで、大勢の人々を苦しめていたことも。なのに、私は現実から目を背けて、逃げ出そうとしていた」

 アリシアは剣を構えると、一瞬で距離を詰めて、俺の首を切り落とした。

◇◇◇

「ナタリー。もう、私は逃げません。この国を彼らに明け渡すわけにはいきません。自分の手を汚してでも、私は理想を貫きます!!!」

 ブラッドから浴びた返り血で汚れた手を天にかざしながら、アリシアは叫んだ。彼女の手から、ブラッドの鮮血が滴り落ちている。
 
「ブラッド、あなたは命をかけて、私に足りなかったものを気づかせてくれました。本当に感謝します」

 アリシアは、剣をスコップの代わりにしてその場で穴を堀り、ブラッドの遺体を丁寧に埋葬した。

「ナタリー、今から私がこの国を一つにまとめます。ついていらっしゃい」
 
 アリシアは気づいていた。ブラッドが、アリシアを覚醒させるために、あえて悪役を演じていたことに。首を切られる瞬間、何故かブラッドは微笑んでいたことに。

 ナタリーはアリシアの勇ましい姿に感動しながらも、心のどこかで彼女の行為に怯えていた。そのため、アリシアについていくことが出来なかった。恐怖で身体が動かなかったのだ。

「……そうですか。では、私一人で行きます。ナタリー、今まで本当にありがとう」

◇◇◇

 アリシアは、森から出ると、王都へと戻っていった。王都に戻る途中で、彼女は国軍の一師団と合流した。兵士たちは、血まみれの彼女の出立ちに驚いていた。アリシアは、構わずに師団長の元へと向かった。
 
 そして、師団長に国軍の兵士たちを集めさせると、彼らの前で演説を行なった。
 
「私は今まで、現実から目を背けて、見ないふりをしていました。それが、今回の事態を招きました。ですので、今回の原因は私たち王族にあります。しかし、私はもう逃げません。今回の事態に、正面から向き合い、平民の方々の怒りを受け止める。それが、今の私に課せられた運命であり、役割なのです。ですから、私はもう逃げません。この中で、ここから逃げ出したい方がいれば、私は止めません。ですが、私と共に、彼らの思いを受け止める覚悟がある方は、ぜひ、私に力を貸していただきたいのです。私はもう逃げない。そして、私があなたたちと、この国を守り抜きます!!!」
 
 彼女の演説に心を打たれた兵士たちは、士気があがり、一つにまとまった。
 
 そして、王女は領地の平民たちの元を訪れて、謝罪した。平民たちも、王族でありながら、自分の言葉で真摯に謝罪の言葉を伝えるアリシアに心を動かされ、彼女と共に戦うことを決めた。

 この後王女によって結成された、国軍と平民の混成部隊によって、革命軍は駆逐されていった。
 
◇◇◇

「いやあ、迫真の演技でしたよ。ブラッドさん」

 ブラッドは、埋葬されていた遺体を掘り起こされて、とある天使様に蘇生させられた。

「ふん、相変わらずあんたは来るのが遅えよ。埋葬されちまったじゃねえか」

「まあまあ、きちんと生き返らせてあげたんだから、いいじゃありませんか」

 天使様は、不機嫌なブラッドに微笑みながら話しかけた。

◇◇◇
 
 私はミカエラ。この世界を管理している天使にして、転生者ブラッドの監視者兼保護者でもあります。
 
 かつてこのブラッドが経験した歴史では、アリシアは革命軍に捕まり、処刑されました。それも、言葉に出すのも憚れるような、ひどいやり方で、虐殺されたのです。

 それを見たブラッドは、心にぽっかりと穴が開いた気がしました。そして、自分が革命軍に手を貸したことを、激しく後悔したのです。

 それに、彼の期待に反して、革命軍のリーダーが支配者となった国は、王家が支配していた時よりも、ひどい政治を行い、国を荒廃させてしまいました。
 それで、彼は私に、もう一度この世界をやり直させるようにお願いしてきました。

 本当は、転生者のお願いを聞くのはあまり良くないことなんですが、アリシアという王女を救いたいという彼の熱意に、なんというかその、私は同情してしまったのです。
 ですので、今回は特別に彼の願いを聞き入れて、時間を巻き戻しました。
 そして、この計画を実行に移したわけです。

◇◇◇
 
「平民を煽って革命を引き起こした連中も、王族や貴族と何も変わらなかった。そのことに平民たちが気づいた時には、もう手遅れだった」

「以前よりもひどい有様になってましたからねえ」

「ま、結局平民の彼らも利用されてたってことさ。人の心を揺さぶるような言葉をかけて、人を煽動する。革命家の常套手段ってやつでね」

(だから、俺はあんたにお願いして、革命が始まる時点まで時間を巻き戻してもらったんだ)

「しかし、何度経験しても、死ぬっていうのは嫌なもんだな」
 
 ブラッドは、自分の首を抑えながら話した。

「ふふ、あなたは転生前の世界でも死んでますからねえ」

「ま、でも推しに殺されるっていうのは、悪くはないもんだな」

 ブラッドは髪をかき上げながら、照れくさそうに呟いた。

「でも、アリシアさんが女王としてすんなり就任できるとは限りませんよ? 例えば、就任式で暗殺される可能性も……」

「そん時は、またあんたが時間を巻き戻せばいいだろ?」

「簡単に言わないでください。時間巻き戻すのって、結構大変なんですからね。それに私はあんたじゃなくて……」

「ありがとう、ミカエラ」

(い、いきなり名前で呼ぶなんて、反則じゃないの……)

 思いがけず、名前で呼ばれた天使様は、照れくさそうにブラッドを見つめていた。