鍛冶師の大親方(マニユスマジスター)、ヘパスト殿は、一番奥にある個人工房で作業をしていた。髪や髭に白の混じった、けれど他のドワーフたちよりも明らかに筋骨隆々とした彼は、無言で槌を振るい、剣を打っている。その度にカンカンと甲高い音が鳴って、剣はその身を整えられていった。
 私たちは彼の邪魔をしないよう、作業が一区切りするまで気配を消して待つ。それなりの時間待つことも覚悟したけれど、彼の手は他の職人たちの何倍も早かった。

「失礼しまーす。突然来てごめんねー?」
「失礼します、ヘパスト殿」
「しつれいしまーす」

 私たちが来た時には仕上げ作業に入っていた事もあって、作業はものの半時で終わった。驚かさないよう、適度に気配を見せて声をかける。

「なんだ、お前らは」

 じろり、という擬音が聞こえてきそうだった。アストが頭の上でびくりとしたのが分かった。帽子は脱いで仕舞ってあるので、へパトスさんにも見えたはずだ。
 各々自己紹介をしてから、スズさんが切り出す。

「ちょっと聞きたいことがあってね。あ、これお土産」
「……ふんっ」

 受け取ってはもらえた、けれど、態度が軟化したわけではない。

「幻の酒って、知ってるよね?」

 ものすごく直球な聞き方だけれど、たぶん、ヘパスト殿のような相手にはそちらの方が良いだろう。

「……帰んな」
「どうしてもダメ?」
「お前らに教える事はねぇ」

 これは、取り付く島もないわね……。

「えー! お土産受け取っといて何もなし!?」
「アスト」

 飛び掛かりそうだったアストを腕の中へ抱え直す。私の落胆を感じ取ってしまったのだろう。

「お前らの為に、こっちは作業止めてんだ。こいつはその迷惑料。違うか?」
「うぅ……」

 アストは悔しそうだけれど、実際そうなのだ。彼は、突然来た私たちに誠実に対応している。それは間違いない。
 けれど、これで振り出しね……。これ以上は、他の街を巡るなりしなければ難しいのではないかしら?
 せめて文献を漁れたら……。

「お邪魔してすみません。スズさん、行きましょう」
「あ、待って、ソフィアちゃん」
「え?」

 これ以上粘っても意味はなさそうだし、スズさんなら潔く引くと思ったのだけれど……。

「邪魔しちゃったんだしさ、私たちにできる事があったら手伝っていくよ。雑用とかさ」
「え」

 急にそんな事を言われても、私たちにできる事なんてあるのかしら? 相手はドワーフの大親方なのだから、なおさら。

「……武器、見せてみろ」

 え、良いの?
 
「ほい。……ほら、ソフィアちゃんも」
「あ、はい」

 よく分からないけれど、良いらしい。魔力関連なら力になれるかもしれないけれど、さすがに門外漢すぎる。
 本当に大丈夫かしら?

「魔導士の嬢ちゃんは杖か。ふむ……、よく手入れしてあるな。相当研鑽を積んだ跡も見える。この一本でずっとやってきたのか」
「え、ええ。そうです」
「自分で削ったろ。少し調整した方が良いな。紹介してやろうか?」

 少し、ヘパスト殿の人柄が見えてきた。彼は職人として、物凄く誠実だ。作り手として、使い手に相応の敬意を持つ。誰よりも職人らしい職人、ね、なるほど。

「はい、お願いします」

 けれど、幻の酒については別の話ではないのかしら? 手伝う事に、意味はあるの?

「……嬢ちゃん、魔女だな? 染みついた魔力が変質してやがる。そうなると、そこらの職人じゃダメだな」

 凄い。魔導に精通してる訳ではなさそうなのに、感覚だけで判別できるのね。いえ、彼ほどの職人にもなれば、魔力の扱いもそこらの魔導士より上だろう。

「よし分かった。そっちの嬢ちゃんのは、剣が二振りか。見た目より重いな。これは、旧世界の異物か? いや、それよりも……嬢ちゃん、あんた何もんだ?」
「ん? ただの冒険者だよ? Sランクの」

 スズさんは自然な口調で、当然のように返した。誤魔化してる雰囲気は無いけれど、こちらに向けてきた笑みの意味は気になるところ。

「……まあいい。思ったよか頼めることは多そうだ。ちょうど今、魔導剣の大量発注を受けている。付与と試運転を中心に頼みたい。細かいことは現場の奴に聞け」
「ん、りょーかい!」
「分かりました」

 よく分からないけれど、忙しくなりそうね。
 これが幻の酒の情報収集に繋がるかは分からないけれど、邪魔をしてしまったのは間違いないのだし、精一杯やろう。

「やりすぎるなよ。魔女の本気は過剰だ」
「あ、はい」

 ……ほどほどに、やろう。