一週間後、私とアストは学園長室で二人の先生と向き合っていた。一人は当然、パースバル学園長。もう一人の彼女は、本来特別クラスの担任をするはずだったアルディーネ先生。『風妖精(シルフ)族』のようで、若草色の髪と瞳の可愛らしい方だ。

「それではお預かりします」

 今渡したのは、今年一年で何を教えたかとか、各個人の評価だとか、そういった引継ぎ資料。この一週間はこれを作る為の時間だった。
 とは言っても、初日に完成させてしまって残りは図書館に引き籠っていたんだけれど。おかげで全ての蔵書に目を通すことが出来た。ホクホクだ。

「……これ、私が教える事ってありますかね?」
「まあ、魔術や魔道具の開発周りは全然ですから」
「ああ、それなら専門分野です。助かりました」

 なんて言っているけれど、この先生も相当に優秀だと論文を読んだので知っている。専門の範囲も広かった筈だし、いくらでもやりようはあるだろう。
 今彼女が机に広げて読んでいる資料だって、相当高度な内容が混じっている。さっと読んだだけで今の言葉が出てくるのも、彼女の優秀さを示す証拠だ。

「そういえば、隣町でも噂になっていましたよ、アーテル先生の魔法」
「派手にしましたからね……」

 旧世界から現世界までの記憶を呼び起こしたら、なんだか凄いことになってしまったのよね。相応に魔力を消費して、帰りの飛行はアストにお願いしたくらいだったし。

「私旧世界の研究もしているので機会があれば一度見せていただけたら嬉しいですね。過去を現在に再現するだなんて我々神話時代の研究者からすれば垂涎もので――」

 あ、この人自分の専門分野の話になったら止まらない人だ。前のめり且つ超早口。どうしたらいいのかしら?
 とりあえず、パースバル学園長にSOSの視線を送っておく。
 良かった。伝わったみたい。

「それで、アルディーネ先生。調査の方はどうでしたかな?」

 アルディーネ先生の顔が歪められた?
 学園長の質問は話を遮る形ではあったけれど、それが理由ではなさそう。

「酷いモノでしたよ。魔道具の回収の際に村を滅ぼしておいて、それを武勇伝の如く語るのですから。悪しきモノに関わったから当然なのだそうです」

 特権意識の高い領主ならやりかねない。この学園にいる間、その考えは一層強くなった。そういえば、あの名もない村の領主もそうだった。

「魔道具はかなり高い技術で作られたもので、村人が作ったものでないのは確かですね。生き残りが確認できなかったので兵士たちの証言になってしまいますが、ふらっと来たという旅人が設置したとみて良いでしょう」

 私、一応部外者なのだけれど聞いていていいのかしら?
 守秘義務もそうだし、領主が横暴で村一つ滅ぼしたってなかなかの話よね。

「件の旅人は調薬レシピまで残していったようでして、接収されたレシピを見る限り、少なくとも調薬と魔道具制作の二つの分野で秀でた人物だったようです」

 ドクン、と心臓が高鳴る音が聞こえた。
 
「ほう、可能であれば、学園に一度招きたいところですね」
「はい。様々な話を照らし合わせると、僅かな期間でそれらを作ったようでした」

 どこかで、聞いたような話だ。
 いや、きっと気のせい。そう、気のせいだ。

「そうだ、アーテル先生。魔道具のスケッチがあるんですけど、見てみます?」
「……ええ、是非、お願いするわ」

 違っていて欲しい。
 違っていると、確かめないといけない。

「こちらです」

 違っていないと、いけなかったのに。

 どの機構にも、パーツの一つ一つに見覚えがある。
 こんなもの見なくたって、まったく同じものを私は作れてしまう。

 そう、アルディーネ先生の取り出した紙に描かれていたのは紛れもなく、かつて私が名もなき村の為に作った魔力式のポンプだった。