「なんでそれっぽっちの魔力しかない平民がこんな強いんだよ!」

 これは、ファーレイムの頭が悪いというよりは凝り固まったこの国の思想が悪いのでしょうね。他の子たちも、分かっていない、か。
 仕方ない。

「気を引き締めなさい」

 抑え付け隠していた魔力を、全て開放する。それだけで空気中の魔素がうねり、衝撃波となって結界を砕く。

「あっ……あ……」
「確かに私は貴族ではないけれど、それが偉いかどうかに関係ある?」

 無関係の生徒たちは、辛うじて恐慌状態になっていない。アストが新しく結界を張ってくれたおかげね。
 その内側にいた意地悪さんは腰を抜かして失禁してしまっているけれど、まあ、あれはいい。
 同じく新しい結界の内側にいた魔導学の先生たちは、流石ね。冷や汗をたらしたりなんなりはしていても、全員がしっかり意識を保っていた。

 これなら周囲は気にしなくていいわね。

「違う! 貴族は、偉いんだ!」

 へぇ、ファーレイムは言い返す気力があるの。敵意は向けていないとはいえ、凄い精神力。

「勘違いしない。貴族だから偉いんじゃないの。その勤めを果しているから、貴族は偉いの」

 アクエラとドリマは、思うところがあったのね。俯いて何か考え始めた。

「そんなの、お前が化け物だから言えるんだろ!」

 化け物、ね。とりあえずアストを手で静止っと。

「化け物だなんて心外ね。まあいいけれど。ファーレイム、あなたは、私に偶々才能があっただけだと思っているのかしら?」
「ぐっ……」

 やっぱり、頭はいいのね。これだけで言いたい事は伝わった。

「あなた達特別クラスの人間より才能のある平民がいないなんて、どうして思うの? そもそも貴族の祖先も、元は才能ある平民でしょう?」

 ファーレイム、メイケアも下を見た。
 ちゃんと考えようとしているのがわかる。
 
 うん、こんな所かしら。ここであとは自分で考えろ、って言えば詐欺師の手法になるんだけれど、そこまではしない。
 
 この子たちはまだ若い。いっそ幼いと言ってもいい。まだまだ、どうとでもなれる。

 魔力を再度抑えて踵を返し、アストの方へ向かう。

「ただいま」
「おかえり」

 あら、アストったら、へそを曲げてる。

「ファーレイム、あの子は特に伸びるわ」
「……ソフィアがそれでいいなら、もう何も言わないよ」

 ふふ、可愛い子。

 つい笑みを浮かべていたら、学園長がアストを抱えて渡してきた。

「ほっほ、良いモノを見せていただきました。理を破る力の一端、いやはや凄まじい」
「それは良かったです」

 本当は魔法が見たかったのね。
 この学園長もしっかり貴族的ね。言い回しが回りくどい時がある。

 兎も角、部屋に帰ろう。これで授業を聞いてくれるようになればいいのだけれど。

 翌日、魔導学の授業を始めると、四人ともが真面目に授業を聞いてくれるようになっていた。どころか授業前後に真っ当に質問をしに来るようになったのだから、驚きだ。別の先生から私が本物の魔女ってことも聞いたみたいだから、それもあるのかも。
 それにしても、ファーレイムの方からなんだかメラメラした視線が飛んできているのだけれど、なんなのかしら?

 その答えは、その日の内に分かった。

「勝負!」

 次の授業の準備を終えた後、散歩がてらアストと学園の庭を歩いていた時だ。
 そんな声と共に私へ向けて剣が振り下ろされる。

 下手人は、ファーレイム。
 この子は、本当すごい反骨精神というか。

 呆れ半分関心半分に彼の真っ赤な髪と瞳を眺めながら半歩横にずれ、腕を取って投げ飛ばす。

「くそ! なんで近接も強いんだよ!」
「研鑽の賜物よ」

 おしりの土を払いながら彼は立ち上がって、私をキッとにらむ姿が何だか可愛らしい。

「いつか絶対、先生を超える!」

 切っ先を向けながら告げられた言葉に、つい目を軽く見開いてしまった。

「そう、頑張って」

 口角が少し上がるのが自分でも分かった。
 うん、やはり教師というのは悪くない。
 すぐに向きを変え、急いで次の授業へ向かう教え子の背中を見て思う。

「ねえ、あの子、どう思う?」
「……まあ、いい子なんじゃない?」

 そっぽを向いて答えるアストの様子がやはり可笑しくて、口の中でまた少し笑ってしまう。彼が人間なら、きっと頬を赤く染めていたでしょう。

 本当、悪くない仕事だ。
 よく晴れた空を見上げながら、そんなことを思った。