おっと。声は抑えていたけれど物音一つしない空間だものね。流石に気が付いたみたい。

「邪魔しちゃったみたいね。私たちの事は気にしないで」

 大きな本から上げられた猫の様な目に笑みを返しながら、女の子から離れた位置に向かう。

「待ってくださいませ。貴女様は、アーテル先生で間違いないでしょうか?」
「ええ、そうよ。そういうあなたは……」
「申し遅れました。(わたくし)、ウィッチェル魔導国が第一王女、ウルシニエラ・アラ・ウィッチと申します」

 ウルシニエラと名乗った彼女は、立ち上がり美しい所作でカーテシーをしてくれる。着ているのは他の学生たちと同じ制服なのに、彼女のそれだけはドレスのようで、その内から溢れる気品を示していた。
 
 なるほど、確かによく見れば腰の辺りから狐の尾が生えている。童顔だけれど身長は私より少し低いくらいで、それもまた獣人の血なのだろう。たしか狐人族と猫人族、それから人族の血が混ざっているのだったかしら。

「あなたが。それにしても、よく私が分かったわね」
精霊猫(ケツトシー)様を連れていらっしゃいますし、何より、その膨大な魔力。分からない筈がございません」

 へぇ……。

「凄いね。その歳でソフィアの魔力隠蔽に気づくなんて」
「流石は魔女王の娘にして学園始まって以来の天才、と言ったところかしら?」
「過分な評価、痛み入ります」

 読んでいる本も相当高度なもの。魔力による身体強化から更に一歩踏み込んで、魔力の物質体である素粒子、魔素を利用した永続的な肉体強化理論の本だ。ただこれは反動が大きく、肉体の異形化を引き起こしかねないとして禁術指定されている。
 ああ、そういうこと。

「その魔力量、生まれつきなのね」
「……! 流石という言葉はアーテル先生にこそ送るべきなのでしょうね」
「ありがと」

 生まれたその時から持っていた、制御の方法も知らない膨大な魔力。それが彼女の身体を蝕んでいる。常に内側から焼かれているような状態だ。同時に、膨大な魔力が無理に再生を促すから、体力は消費され続けちょっとしたことで体調を崩してしまう。
 解決するには身体を鍛える必要があるけれど、身体を鍛えられるだけの体力がない。

 中々難儀な状況ね。このままだと二十歳まで生きられるかも怪しいし。
 だからあの禁術で無理矢理体を丈夫にしようとしたのでしょうけれど。

「それは止めておきなさい。絶妙なバランスで生きている今の状況が崩れてそのまま死にかねないわ」
「そう、ですか……」

 ん-、ちょっと、他人事とは思えないわね。
 ……私は彼女の先生。ちょっと手助けしても何もおかしなことは無いわよね。

「手、借りるわよ」
「え? ……え?」

 制御できずに荒ぶる魔力が肉体を傷つけているのなら、それを正常な流れに乗せてあげればいい。亜精霊並の量の魔力を無理矢理誘導するなら、同等以上の魔力と緻密な魔力制御能力が必要になる。普通なら、前者を満たすのは難しいでしょうね。

 だけど、私にとっては亜精霊()()だ。
 その程度の魔力量じゃあ不老には到底なれないのよ。

「これで暫くは問題ないでしょう。その間に身体を鍛えて、魔力制御を磨きなさい」

 あくまで対処療法だから、根本的な解決には彼女自身の努力が不可欠だ。そこは頑張ってもらうしかない。

「あ、ありがとうございます!」
「いいのよ。あなたは私の生徒だもの」

 子どもの笑顔って、どうしてこうも眩しいのかしら。

 だからこそ、顔を歪めないように気を付ける。
 
 この一年、私が流れを整えてあげながら鍛錬を続けていけば、病気にさえならなければ魔力量に見合った時を生きられるだろう。
 けれど、どれだけ良くても辛うじて人並みに生活できる程度にしかならない。

 それほどまでに彼女の体が傷ついていた。あの様子だと、たぶん、魂も。
 
 せめて、私がいなくても多少の鍛錬ができる程度にまでは回復させてあげたい。そう、せめて……。