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 白木で出来た観音扉を押し開くと、変わり映えのしない守護者の間があった。扉と同じ白木で作られた、天井の高い神社の中のような一室だ。

 その中央に佇むのは、神々しい、一羽の鶏。
 真っ白な羽毛に長い尾羽、そして緋色の立派な冠は、私たちが鶏として想像する姿と同じ記号である筈なのに、同じものとは思えない程に美しい。

 理知的な瞳は、二階の屋根ほどの高さから私たちを見下ろしていた。

「んー、長鳴鳥、かな?」

『ながなきとり?』
『長鳴鳥、天岩戸に隠れた天照を引っ張り出す時に鳴かせてた鳥。鶏だって話だったな』
『あー、まあ、言われてみれば鶏』
『こんな神々しい鶏なんているか…?』

 神使の扱いだからね。
 魂力の支配もしてるし、神に準じる者として見て間違いなさそう。

 まあ、それなりに楽しめそうではあるね。

「どうする?」
「道中と同じでええやろ」

 つまり、私ウィンテさんが前衛、令奈さんが後衛だ。

「よーし、サクッと——」
「すみません、一つお願いがあります」

 ん、何か真剣に考え込んでると思ったら。

「あの守護者とは、私一人で戦わせてもらえませんか。もちろん、配信ですることでは無いとは分かっています」

 思わず令奈さんと顔を見合わせる。

 正直な話、ウィンテさん一人で相手をするには少々どころでなく厳しい相手だ。
 魂力の支配の可否、この一点で、かなりの能力差が覆るのだから。

 吸血鬼であるウィンテさんなら、現状でも血を介して魂力に干渉できるが、陣取り合戦までもっていけないと、神に類《たぐ》いする相手は厳しい。
 雷神達に私が勝てたのは、それだけの差があったからだ。

「格上だよ?」
「分かっています。何かが足りないんですよね」

 科学者としての勘なのか何なのか。
 そこまで分かってて挑みたいんだ。

「まあ、やらしたり」
「……死ぬまではダメだよ」

 まったく、仕方のない友人だ。

「もちろんです!」

 椅子を二つ交換して守護者の間の端に起き、腰を下ろす。

 それと、餞別だ。
 私たちの周囲の魂力を支配して、あの鳥が干渉できないようにする。

 直接の助言は禁じられているけど、ウィンテさんならこれで気付くでしょ。

『二人観戦か』
『ウィンテさんがんばれー!』
『ファイトです!』
『ウィンテさんならいけます!』

「はい、頑張ります!」

 無責任なことを言ってくれる。
 仕方ないか、アレの強さが分かるのは、本当にごく一部の強者のみだから。

「クィィィィィンッ!」

 ウィンテさんが前に出て鎌を素振りすると同時に、長鳴鳥は両の翼を広げ、鳴いた。
 甲高く透き通った声が響き渡る。

 その音が広がるのに従って、この空間の魂力が支配されていった。

「私は、本当のギリギリになるまで手ぇ出さへんから」
「ん、了解」

 言われなくたって分かってるさ。
 私もそうする。

 初手は、ウィンテさんの魔法。
 雨と見紛う程の血の槍が、長鳴鳥に向かって降り注ぐ。

 道中の獣達を容易く蹴散らしたそれは、普段なら威力としては申し分ないだろう。
 しかしこの空間においては、その力を十全には発揮できない。

 精々で、七割。
 血を介するからこの程度の減衰で済んでいると言った方が良いね。
 
 翼で自身を覆い、防御の姿勢をとった神獣に傷はない。

「ひめ、ウィンテはな、アンタを見つけた時、ほんまに嬉しかった思うわ」

 お返しとばかりに向けられた炎の雨をウィンテさんが弾く様を眺めながら、令奈さんが語り出す。
 こちらにも火は飛んできているけど、一定より内に来るとスッと消えてしまう。

「あんたは分かるやろ? 私らの気持ち」

 配信だから濁しているけど、分かる。
 遠慮なく、普通に話せる相手がいない孤独。

 こちらから合わせなければ会話が成り立たない悲しみ。

 合わせれば会話にはなるけど、窮屈なんだよ。

「私らの場合、楽ぅに話せんのは、互いだけやった」

 正直少し羨ましい。
 一人でもそういう相手がいた事が。

 ウィンテさんを見る。
 血色の鎌を大きく振るい、相手の胸を染めていた。
 けれど突進をマトモに受けて、大きく吹き飛ぶ。

「やけど、従姉妹同士の身内や。友達とは違う。そこにあんたが現れた」

 初めての対等な友人、になるんだろうか。
 どちらかと言えば研究に比重が寄ってる彼女だけど、そういう部分は、私と同じなんだろう。

 令奈さんも。

 鋭い翼の一撃を受けて、彼女は血に塗れる。
 すぐに再生できるとは言え、痛いだろう。

 魔法は十分な効果を発揮せず、物理攻撃も決定打には程遠い。
 苦しい戦いだ。
 けれど、分かっていた事だ。

 それなのにどうして、こんな提案をしたのか。

 彼女は、私が捨てようとしたモノを諦めなかったんだろう。
 私のせいで諦められなかったとも言える。

「やのに、あんたはずっと先におった」
「……なるほどね。そんなに焦らなくても、普通に話せるだけで十分対等で大事な友達なのに」

 思わず、呟いてしまう。
 一番人付き合いが面倒な理由を、彼女は持たない。
 それがどれだけ大きいか。

「まあ、言っても聞かんやろから、今はしっかり見といたり」
「ん、了解」

 本当に、仕方のない人だよ。

 ウィンテさんは、飛び上がった長鳴鳥の脚を血の鞭で縛る。
 その横顔には研究中のような真剣な色が見えて、溜息が漏れた。