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 グラシアンが案内というか、迷宮の機能で転移させてくれたのは、四方の壁全てが鏡張りの大広間だった。数百人が余裕で入れそうなこの場所は金を基調に華々しい白の装飾が施されており、壁際にはガラスの燭台を持った黄金の乙女像がいくつも並んでいる。天井にも沢山のガラスのシャンデリアがぶら下がっていて、数え切れないほどの長い蝋燭の炎が広間を照らしていた。

「凄いね。これだけ広くてもしっかり合わせ鏡になるんだ」
「ほんまやなぁ。気ぃおかしなりそうやわ」

 天井も高いし、たしかにスペースは十分すぎるほどある。けどこんな所で戦ってもいいのかね? なんて考えてたら、グラシアンが最下層の守護者の間だって説明してくれた。それなら全く問題ない。

 しかしなるほどね。ヴェルサイユ宮殿が元になった大迷宮の最下層ってことは、ここはかの有名な鏡の間か。実際にあった部屋はもっと小さいと思うけど、それでも豪華絢爛だったろうことは容易に想像がつくよ。

「なんだか目が痛くなりそうです。あまり遊ばないでくださいね?」
「そこは安心していいよ」

 残念ながらね。

 さて、天使諸君の準備はもうできてるみたいだし、さっさと始めようか。合図は誰かにやってもらうとして、開始位置は、ど真ん中かな。分かりやすいだろうし。

「おい、武器はいいのか?」
「うん、問題ないよ。あ、そっちは普段使ってるのでいいからね」
「ちっ、嘗めやがって」

 実際嘗めてるし、否定はしない。
 夜墨含め、模擬戦に参加しない面々もこの場で観戦するようだ。グラシアンも無意味に仲間を贔屓目で見てはいないらしい。

「合図は私が出そう」
「ありがとうございます、グラシアン様」
 
 あらユドラス君、お礼が言えて偉い。なんて言ったらさすがに巫山戯すぎか。しかしこれだけ好かれてるとグラシアンも大変だ。同情する。

 ん、空気が変わったね。四人とも戦士の顔つきだ。ほんわかお姉さんのエリーズさえも。
 この辺りの切り替えは幹部として数えられているだけある。良いことだ。

 各々が武器を構え、鋭い眼光を向けてくる。ユドラス君は両手持ちの剣でルックが槍、アドリアンが片手剣にラウンドシールドで、エリーズは弓だ。

 対してこちらは自然体。だらんと両腕を下げたまま、まっすぐ向き合う。
 もちろん、不真面目にやるわけではない。真剣には相手する。でないと失礼だ。彼らは多くの人間の命を背負って戦に臨もうとしているんだから。

「ではいくぞ。始め!」

 まず飛び出したのは、やはりユドラス君。血気盛ん、と思いきや、眼前で急停止して魔法を撃ってきた。火球を撃ち出す魔法だ。

 直撃すると同時に爆発するタイプだね。無効化してもいいけど、目的は力を見せること。ここはデコピンで打ち消すか。

「ちっ」

 動揺は少ない。この程度は予想してたか。避けたところにエリーズの矢って想定だったんだろう。んで、ルックが畳みかけてアドリアンがフォローって感じかな。思った以上に連携がしっかりしてる。

 ユドラス君と入れ替わるようにアドリアンが肉薄してきたのはBプランかな。ルックとエリーズも隙を窺ってる。

 とりあえずアドリアンの振り下ろしは右手の甲で逸らし、上体を捻る。そして崩拳。盾の上から左手で殴りつける。
 それほど強く殴ったつもりは無かったんだけど、盾にはくっきり拳の跡が付いてアドリアン自身も吹き飛んだ。

 直後に見えたのは無数の光。ルックの生み出した矢の魔法だ。どうも合わせ鏡が悪さをしているみたいで、魔法の構成上本来作り出されるはずの数の数倍の矢が私へ鏃を向けている。

 彼は私の実力をある程度知ってるからね。部屋のギミックも使って全力で攻めてきてるね。というかこれくらいしないと足止めできないってふんだのかな。
 魔法の腕も悪くない。ユドラス君より数段上だ。彼のは不慣れ感があった。

 まあ、これは魂力支配で情報希釈してかき消そうか。鏡を利用して複製された情報もあるから、こんな感じかな。

「魔法が、消えた?」

 およ、ユドラス君のこの驚きよう。もしかしてグラシアンはこの技術を知らない? それか彼らの前で見せたことが無いか。
 どっちでもいいか。それより意外なのは、ユドラス君に今私のしたことの正体を探ろうとするだけの冷静さがあったこと。少しだけ評価を上方修正しておこうか。ほぼ誤差だけど。

 飛んできたエリーズの矢五本は全てつかみ取り、天使諸君に投げ返す。なかなかの早撃ちで効果を補助する魔法も使われてたけど、まだまだ足りない。

 うーん、ただ投げただけの矢の対処も危なっかしいレベルか。吹っ飛んで悶えてたアドリアンはある程度仕方ないにしても、今の程度はもっと軽く躱してほしかった。

 ただまあ、今の攻防で実力差は察したみたいだね。ルック以外の本気度が上がった気がする。
 ユドラス君とルックが同時に仕掛けてきて、アドリアンも続く。これだけ息の合った三人で入れ替わり立ち替わり武器を振るわれたら、対処できる人や魔物は少なかっただろうね。

 ただ私には、ハエが止まって見えるほど。その場から動かずに躱すくらいは造作も無い。彼らの隙間を縫って矢や魔法が飛んでくるのが煩わしいくらいだ。

 ふむふむ、幹部陣の役割や得意分野はだいたい分かったね。ユドラス君とアドリアンは完全な前衛型で、ユドラス君は魔法も辛うじて実戦レベル。ルックが中衛で槍も魔法もそつなく使える感じ。で、エリーズが完全な後衛で、ルック以上に魔法が使えるけど、弓の方が得意って感じだ。

 黎明期か過渡期かあたりはこの四人で迷宮に潜るなんてこともあったのかもしれない。

 なんかもう近接三人の息が上がってきたし、そろそろ終わらせてあげようか。

「歯、食いしばった方がいいよ」

 返事は待たない。順番に腹を殴り、壁まで吹き飛ばす。ちゃんと威力が逃げるようにしないと殺しかねないし。
 そしてエリーズへ向け、落雷の魔法。周囲を囲むように雷が落ちて、地面を焦す。彼女は当たっていた場合を想像したのか、そのまま脱力してへたり込んだ。

 雷は若干やりすぎた気もするけど、まあいいか。

「まだやる?」
「ゴホッ、コホ……。いやぁ、無理ですね。さすがお強い」
「死んだかと思ったわぁ……」

 アドリアンは首を横に振っていて、ユドラス君は視線を逸らしたと。
 良かった。意地になられてたらどうしようかと思ったよ。

「じゃあ私の勝ちだね」

 というわけで治療をしてあげよう。あんなんでも戦力外になられるのは困るだろうし。
 手応え的には、それぞれ種族変化直後の私と同じかちょっと強いくらいかなぁ?

「ユドラス、これで分かっただろう。ハロ殿の強さが」
「くっ……」
「一応言っておくが、ハロ殿はまだ全力を出せないままだ。それでも、四人がかりでさえ、彼女を一歩動かすことすらできなかった。その意味をよく考えるべきであろうな」
「はい……」

 うんうん、素直で偉い。まあ、四対一で武器なし移動なしの私に手も足も出なかったんだから、ぐぅの音も出ないんだろうけど。
 何にせよ、ようやく話の続きができる。

 まったく、不必要な時間だったね。作戦内容をさっさと知って、色々準備したいのに。特にウィンテと令奈の持ち場は気になる。場合によってはできる限りの時間を使って振るえる力を増やさないといけないかもしれないんだから。前線の町を一人一つ受け持たないといけないなんて話なら最悪だ。

 本当に、幹部でさえこの程度の武力しかないのに、どうやって勝つつもりだったのやら。