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 なんてした期待は、あっさり裏切られた。

 ベルサイユ宮殿跡のダンジョンに戻った翌朝、一般天使兵さんが案内してくれたのは細かな装飾で飾られた会議室だ。客室と同じような雰囲気で、こういうのは優美と形容するのが正しいんだろう。途中の廊下やら何やらはやたら豪奢だったけど、ベルサイユ宮殿はもしかしたら、いくつかの様式が混ざっている建物なのかもしれない。

 その中には、知った気配が二つと知らない気配が三つ。知ってる二つはグラシアンとユドラスのもので、青と赤のそれぞれの瞳にそれぞれ感情を表わしている。

 残る三つは、見覚えすらない男女のもの。ここにいるってことは幹部なんだとは思う。
 彼らはやっぱり、もうウィンテたちと面識があるみたいで、友好的な色をその目に湛えていた。
 まあ、私が目に入った途端、警戒やら好奇心やら、まったく別の視線に変わったけども。

 その彼らはグラシアンを上座にして、円卓を囲む形で立っていた。卓上に広げられてるのは、この辺り一帯の地図みたいだね。

「昨夜はよく眠れただろうか」
「ああ、うん。なかなかの寝心地だったよ」

 世辞ではない。ふかふかのベッドでぐっすり眠れた。妙な考えを持たれることも無かったみたいだし。

「そうか。ならば良かった」
「幹部とやらは、これで全員?」
「ああ、そうだ」

 そっか。全員なんだ。
 表情は変えていないはずだけど、後ろでウィンテの苦笑いする気配がした。やっぱり、というところかな。

「紹介しよう。こちら側からユドラス、ルック、アドリアン、エリーズだ」

 相変わらず胡散臭そうに見てくる赤毛のウルフカットがユドラスで、茶髪碧眼の穏やかそうな青年がルック、青黒い髪に水色の瞳の神経質そうな彼がアドリアン、それから長い緑の髪に金色の瞳のほんわかお姉さんがエリーズと。

 うーん、覚えられるかな? まあ、覚えられないなら覚えられないでいいか。名前を呼ばないように会話することはできるし、最悪ウィンテか令奈に聞けばいい。

 新顔で警戒してきてるのはアドリアンだけ。あとは興味津々って感じ。どっちの感情も妥当なものだとは思うから、特段それでどうこうってことはない。

「八雲ハロ。こっちの二人の古い友人。まあ、縁があって手伝うことになったから、よろしく」

 外面モードで話す必要性も感じないし、配信のときみたいにフランクにするつもりもない。こんな感じで十分だろう。

「あなたがそうなのねぇ。二人から少し聞いてるわぁ。よろしくね」

 エリーズはやはり、話し方も柔らかい。戦時中の幹部って思うと違和感あるけど、天使なら不思議ではないようにも思えるね。
 日本ならファンクラブとかできてそうだけど、ここらじゃどうだろうか。信仰の対象だろうし、宗教的に無いかな?

「ルックです。実は配信には何度かお邪魔してます。正直、緊張してます」

 握手を求められたので応えておく。リスナー枠だからね。そうじゃなかったら無視してた。
 ていうかちゃんと居たんだ、私のリスナー。観光中も角を隠す程度しかしてなかったのに特に声をかけられることもそれらしい視線がくることも無かったから、この辺りにはまったくいない可能性も考えてたのに。

 あー、でもそうか。ルックは旧時代から生きてる可能性が高いってなると、今の時代に育った人間とは感覚が違うのか。
 他の住人はただの人間で、長くても百年生きられない。それに、感覚どころか文化さえ多少変化していてもおかしくないほどの時が流れてる。

 今の人間たちはどうも科学的というよりは原始宗教的な思考に近い考え方をするみたいだし。

 んで、アドリアンは黙礼のみ。ユドラスに関しては鼻をならすばかりだ。
 まったく、ユドラスの自信はどこから来るんだろうねぇ?

 それはそれとしても、グラシアンの負担が大きそうな面子だ。昨日見たドラゴンたち程度なら問題ないだろうけど、その王二人の相手はまず無理だろうね。

「では会議を始め――」
「待ってください。俺はまだ納得してません!」

 ユドラス君よ、人を指差しちゃいけないって習わなかったかね。なんてことは言っても仕方ないか。

「こいつがグラシアン様くらい強い? あるはずがない! しかも蛇ですよ!?」

 あーあー。蛇なんかと一緒にしたら夜墨が怒りかねない。私だっていい気はしないのに。

「さっきも言っただろう。私は実際に手を合わせたのだと。そして互角だった。全力を出せない状態の彼女とだ」
「ますます信じられません!」

 若者、かは知らないけど本人の前でする会話じゃないと思うよ、それ。私は気にしないけども。
 まあ、ユドラス君はグラシアン信者っぽいし、仕方ないのかもしれない。これから協力する身としてはただただ面倒だけど。

「力も心も信用ならない相手の同行をどうして許せますか! 俺に行かせてください!」
「うぅむ……」

 信用云々についてはごもっとも。だけど、ドラゴンの王たちと対峙するのは勧められない。はっきり言って足手まといでしかないから。

 魂力の扱いに長けてるなら援護くらいはできるかもしれないけど、そうとも見えない。
 仕方ない。グラシアンも困ってる様子だし、助け船を出そうか。理由はともあれ協力するって決めたんだから、無謀を許すつもりはないし。

「そこまで言うならさ、模擬戦、しよっか。そしたら力は信用できるでしょ?」
「貴様……。いいだろう。相手してやる!」

 相手してあげるのは私だけどね。

「どうせなら幹部陣みんな纏めてかかっといで。そこの、アドリアンだったかも不満そうだしね」
「舐めているのか!?」
「そうだよ?」

 おーおー。人間の顔ってこんなに赤くなるんだ。髪と同じ色になってるよ。
 あ、人間じゃなくて天使だったね。正直どっちでもいいけど。

「僕としてはありがたい話ですね」
「ルック! 本気で言ってるのか!?」
「はい。僕は彼女の戦うところを何度か見てますから」

 ふむ。意外とルックは向上心が高いのかもしれない。

「ルックがそう言うなら、私も頑張ろうかしらねぇ?」
「俺に異存は無い」

 エリーズとアドリアンは承諾っと。
 アドリアンについては心の方を懸念してるんだろうから、模擬戦はしなくてもいいとは思う。ただ裏切りもしないしスパイでもないなんて証明、この場ですぐにできることじゃない。彼がどんな人間かも分からないし。

 でもなんか武人肌っぽいし、拳を交わして理解するみたいなことにならないかなって誘ってみた。
 単純に力を見せるのに手っ取り早いのもあるけど。

「くっ。後悔しても知らないからな!」
「はい決定。そういうわけだから、どこか丁度いいところがあったら使わせてくれない?」
「はぁ。仕方あるまい。だが程々にしてもらえると助かる」

 そこは一応善処するよ。いたずらに戦力を減らすつもりは無いし。
 しかし、ユドラス君はどうしてこう小物っぽい言動なのかね?